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花咲く頃に  作者: らいん
12/22

嵐の予感




やはりルイの嫌な予感は当たっていた。

執務室から出て自分の仕事場に戻ろうと足を踏み出した途端彼女とばったり会ってしまった。

まるで待ち伏せでもされていたかのような、偶然とは言いがたい会い方にルイは苦笑いした。



「ファナ様、お会いできると思っていましたよ」


乾いた声で笑う彼の顔はこのことを予感していたことが分かるように引きつっている。

「あら、それは好都合ですわ。少しお聞きしたいことがありましたので」

偶然の出会いなのに彼女はやけに上機嫌に見えた。内心は怒り狂っているのかこの笑っている顔では判別しにくい。

頬に伝う汗を無視してルイは微笑んでいるファナに愛想笑いを浮かべた。


「私に用意された部屋でお話しましょうか、いかがでしょう?」



彼女は疑問形を取ってはいるが、顔は反論は許さないと無言で告げていた。

仕方なくルイはファナの手をとって賛成の意を示す。

その様子に満足したらしくファナはルイにエスコートされるままに自分の部屋へと歩を進めた。







「信じられませんっ」


ファナは自室に着くなりルイのほうに振り返り大きなため息とともに抑えていた感情を吐き出した。ルイははぁと返すしかない。

ここまであらかさまに感情をぶつけるとは思わなかったからだ。ましてやこれは男女の話であって身分高き姫君が大声で話してもいい話題ではないと

一瞬思ったが、咎めるにも自分が言うのは立場上憚られるし、宥めるにしてもこの姫の機嫌を完璧に戻すことはできないだろう。

とりあえず今回はこの姫の気持ちがおさまるまで黙って聞こうと決め、促されるままに椅子に腰掛けた。

「配慮も遠慮も誠意も何も感じられません、ここでは初日からお勤めというのが当たり前ですか。それに陛下は私をどう見ておられるのかときどき

 わかりません」

思っていることを洗いざらいはいた彼女は差し出されたカップを乱暴にとってドンッと机に置いた。

中の紅茶が波立つことなど気にもせずファナは話を続ける。

「私は陛下のことをどう思えばいいか分かりません。あなたが陛下のいいところを言って下さっても、

 陛下の行動にはその欠片さえ見当たらないのです」




「わたしは、何を信じたらいいのでしょうか」

ポツリと呟いた彼女に一瞬、続く言葉が見当たらなかった。仕方なかったとはいえ今回の件をグレイスに提案したのは自分なのだ。

だがそのことをファナに言えるわけもなく、かといってすべての責任をグレイスに押し付けるのはあまりにも理不尽に思えた。

ただグレイスがファナの中で理解できない人物とされるのは耐えがたい。


「陛下は賢いお方です、なので今回の暴挙で恐れながらも姫様をお試し遊ばれたのでしょう」


賢いといったところでファナは首を傾げて疑問符を浮かべたがそれは見ない事にした。

ファナからなにも言葉が返ってこないのを確認してルイは話を続ける。


「試すというのは姫様が今回のこと(伽)を命じられてどう動くか?というのが陛下の心の中にはあったようです」

自分がグレイスにだした提案を説明するわけにもいかず、今考えた苦し紛れの言い訳をファナに説明した。どうやらファナはその苦し紛れの言い訳に

納得してくれたらしく、頷くように考え込んでいた。

「私がどう動くか……?」


やっと言葉を紡いだ彼女にルイはにっこりと微笑んだ後、再び話を続けた。

「はい、姫様がこの伽を命じられて憤慨し怒ってお出ましにならなかったらこの婚姻に反対しているということです。

 しかし姫様はラン殿と口論なされてまで命じられたことを守ろうとした。これで姫は我が国のお味方であると陛下は満足されたのでしょう。

 それ以上のことは求められなかったはずです」

彼女の前で伽の話をするのは少し気が引けたがこれ以上、自分が考えた提案のせいでグレイスが悪者にされるのも許せなかった。

ファナは伽の話を出すと顔を赤らめたがそれよりは追求せず「そうですか」と頷いた。気は強いが、決して意地っぱりなだけでもないようで安堵した。

しばらくの沈黙が続いた後、ファナは口を開けた。


「分かりました、致し方なしということだったのですね。私の思慮も欠けていたことだと思います、ルイ殿には迷惑をかけました」

ファナが謝罪と同時に頭を下げてきたのでルイは吃驚し慌てて頭を上げるようにお願いした。

「頭をお上げ下さい、知られたら意味のないこととはいえ、知っていたのにお伝えしなかったのは私です。許しを請うべきは私です」

いきなりのことで動揺して、慌てて頭を下げたのでいきおいあまり机の上に挿してあった花を倒してしまった。

侍女が花を挿しなおすのを見てさらに申し訳なく思い深々と頭を下げた。

いつ顔を上げればいいかと迷っていると頭の上から忍び笑いが聴こえてきた。


「ふふっルイ殿も意外に面白いところがおありなのですね、いつも考えてばかりいる油断ならぬ人だと思っていました」


「お恥ずかしいところをお見せしました。ですが姫様にそう思っていただけるのは嬉しいことです」

振りつめていた空気がいつの間にか和やかな空気に変わっていた。とりあえずファナの機嫌は治ったらしい。自分の失態で

元に戻せるとは思わなかったが嬉しい誤算だった。

「お互い、少し誤解があったようです。試されたのは納得がいきませんがそれだけ慎重になっていたということが分かってよかったですわ」

顔をあげるとファナが微笑んでいるのをみてルイも微笑んだ。



「これからは」「今後は」

ルイが口を開きかけていたと同時にファナも口を開く。

互いに顔を見合わせてまた笑いだす、これ以上の言葉は必要なかった。

















「では、また」

「えぇ、こちらこそお時間を頂きありがとうございましたわ」




そう言ってルイと別れてから2時間がたった。しかし今ランがいない中話相手もいなければすることもない。どうしたものかと悩んでいると

一人の侍女が控えめながらも声をかけてきた。


「姫君様、まだ王宮の周りをご覧になっていないのではないでしょうか?私どもが案内いたしますゆえ、一度外に足を運んではいかがでしょうか」


妙案だと思ったが、自分はまだ仮にもリチュワードの皇族であってボルツワークの皇族ではない。そんな勝手が許されるのかと聞けば十分に姫を

もてなしできるだけのことは差し上げろというのがグレイスからのお達しらしい。しかしあの一件で考えは分かったがルイの言葉でしか聞いておらず、

ルイには心を許したがこのくらいの気遣いでグレイスを許せるほど自分は優しくない。

ただいただけるものは十分に貰っておこうと思いその考えにのった。


「ここが後宮でございます」

まだ客人扱いのファナは後宮には入らず他国の皇族の長期滞在の部屋に入っている。なので伽のときに入ったのは入ったがあれは夜のことでしっかりと

後宮をみたのは初めてだった。

「意外に出入りの簡単そうなところにあるのですね」

意外だなと思った。後宮といえばもっと守りの堅いものだと思っていたからである。

「はい、確かに以前までは4重もの鍵がかけられ入れるのも皇帝陛下のみでした、建物の損傷があった際にも女職人を召抱えて行っていたと聞いております」

「以前まではというのは?」

そこまで聞くと侍女はその質問を待っていましたとばかりの顔をこちらに向けてきた。

「それはですね、現皇帝陛下が廃止なさったからです。女性も才ある者は外に出すべきだと、それに連絡係が男性ではできないのは面倒だと仰せられま

 して後宮の警護の者と皇帝陛下の許可状がある者、そして女性の皇族の方は入れるようになっているのです」

そこまで言われて妙に納得してしまった。

どうやら皇帝というのは女に溺れ自分の欲のみを考えるような馬鹿な男ではないらしい、確かにずる賢いところはあるが。

それにこの侍女のやけに熱心な熱弁はおそらく彼を慕ってのことだろう。国民からは相当な人気があるらしい。


「それにですね、皇帝陛下は子供や女にも優しく、いままで女性には手をつけられませんでした。姫君様が最初の妻であり皇后様なのです」

侍女の熱弁はなおも続くがそこには興味はない。別にほかの女性に手をつけても節操なしでも構わない、自分と彼の間に生まれる子供は少なからず

両国の期待を受け両国の統一を求められる運命にある、たとえ嫌いな人との子でも自分の子供にそんな運命を背負わせたくはない。

だからべつに側室を何人侍ろうが、子供を何人生ませようが自分が子供を生もうが生まないが関係ないと思った。逆に自分以外の子に皇位を譲りたいくらいだ。

今はそんなことどうでもいいのだが。



彼女の熱弁を聞きながらボンヤリと今後自分が住むであろう後宮の中を想像した。

しかしいきなり後宮のほうからバタンという音がして、その想像は途中で終わってしまった。

何事かと後宮の扉を見つめているとファナの正面を何人かの警護の者とあきらかに警護の者ではないと分かる上質の服をきた男が歩いてきた。



その男はこちらに目を向けるとフッと笑って近づいてきた。



「あなたは初めてみる顔だね、でも共の者が少ないから新興貴族のご令嬢かな」


そういって再度笑いかけられた途端、今まで感じたことがないような悪寒が走り、背筋が凍ったのが分かった。でもここで引くわけにもいかず

ファナは相手を見据えた。


「わたしは、ファ・・・・!!」

「キル殿下!お久しぶりです」


自分のことを名乗ろうとしたとき、数時間前まで一緒にいたルイがどこからか慌てて走ってきた。

それと同時に城に来てまだ聞いたことのない言葉を耳にして困惑した。


「……殿下?」


ファナが首を傾げたのを見てキルと呼ばれた男がニヤッと笑う。

「じゃぁ、また。グレイスのお姫様」


さりげなく手の甲に口付けしたあとキルと呼ばれた男は逃げるようにして去っていった。

挨拶で何度か手の甲に口付けをされたことがあったが吐き気を覚えたのはこれが初めてだった。ここまで気持ち悪いと思ったことはなかった。



――――気持ち悪い。

そう思って自分の手の甲の穢れをなくそうと無意識に擦っていると、ルイが走ってきてそれをとめた。


「赤く腫れてしまいますよ、もう少しお体を大事になさって下さい。それとキル殿下に何か言われませんでしたか?」

やけに真剣に聞いてくるのでさっき感じた吐き気はどこかにいってしまった。


「いいえ、ご挨拶はしましたけど」

「そのとき、ファナ様のご自身の名前はおっしゃいましたか」

「いいえ、ちょうどルイ殿が来たので、それにキル殿下はすぐにどこかに行かれてしまわれましたし」

「そうですか」

ホッとしたようにルイは息をつく。名前を言わないことでホッとするなんて少し不思議に思ったがあえてそれは聞かないことにした。


「それより、なぜファナ様はこちらにいらっしゃるんですか?」

「いけませんでしたか?わたしは侍女の方が別に外に出てもいいと陛下からお達しが出ていると聞いたので」

そうルイに告げるとルイは目を丸くした。

「そんなこと陛下から聞いてはおりませんが」


二人は互いに顔を見合わせる。その瞬間今まで近くにいた侍女が逃げ出した。

「捕らえろ!その女を逃がすな」

今までに聞いたこともないようなルイの叫び声にファナは狼狽た。いつも彼は穏やかに話すのでつい近衛隊長という身分であることを忘れていたのだ。


「ファナ様は自室にお戻り下さい。あとは我々がなんとかしますので」


ファナはルイの機敏さに思わず身体が小さく震えてしまったが、「はい」と簡潔に返事をするといつもの冷静さを取り戻し残りの侍女を引き連れて

自室に戻るためにそこを立ち去った。

逃げる侍女の姿を目に焼き付けて。
















城の数ある部屋の一室で二人の男が話をしていた。


「どうでした、ファナ様は?」

一人の男がキルと呼ばれた男に話しかける。

「よく分からなかった、途中で邪魔が入ってな」

「ルイ………ですか?」

「そうだ、グレイスめ、あいつに張らせていたな。でも顔は分かった。あの侍女のおかげだな、褒美をやらせておけ」

そういわれた男は少し困った顔をした。それをみてキルは何かを思いついたように口角を上げた。

「廃人にならず、生き返ってここに戻ってくれば…………の話だがな」

「御意、あなた様のもとにすべてのものを」

跪く男をみて満足そうにキルはその男を見下ろした。
























すごく更新が遅くなってしまいました。

もっと早く更新したいなと思っていたのですが、文章がまとまらず一ヶ月もかかってしまいました。

粗末な文章ですがどうぞお付き合い下さいませ


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