僅かな兆候
――チュンチュン
お母様、ねぇ私はどんな人と結婚するの?決められているんでしょう?私はお父様みたいな人がいいな。
これは・・・子供のときの夢?でもあの城でこんな思い出は・・・。
――そうね。お母様もファナには幸せになってほしいわ。
お母様は今幸せ?
えぇとても。
そっかぁ、よかった。
笑ってる?ここはどこ、私が住んでいたところにこんなに明るい場所はない。眩しい・・・
「っ・・・ぅん」
「何時だと思っている。起きろ、これ以上寝ていたら犯すぞ」
とても皇帝の言葉とは思えないがその言葉をかけている相手はおそらく起きたときに覚えてはいないだろう。
「ぅ?・・・ラン?眩しい・・・窓閉めて」
「俺を侍女と勘違いするな」
眩しい?眩しいとは今のことだろうか・・・・・!?
「へっ陛下!?」
今まで寝ていたとは思えないほどファナは俊敏に動き深く頭を下げた。
「ようやく起きたか」
「申し訳ありません」
「くくっ、いい。おかげで面白いものが見れた」
恥ずかしさで頭が上がらない。夫と一晩寝て一番最初にでてきた言葉が侍女の名前だったとは・・・・。グレイスでなければ笑いどころではなか
ったかも知れないのだ。自分の神経の図太さに呆れた。
しかし彼にだけはなるべく弱味を握られたくはないのだが完全にというのはどうも無理のようだ。
せめてグレイスも弱味のひとつぐらい見せてくれるといいのだが。
でもこの人は弱味など絶対にみせてはくれないだろうし、しかもとても計算高くてずるく恐ろしい人だ。気がついたら今まで笑っていた顔が嘘の
ように険しい顔に戻っていた。
「しかし、面白いものが見れたとばかり楽しんでいられぬのも分かっているだろうな。このようなことは気をつけろ」
冷たい声――。人を従わさせる強い意志を持った口調だ。
これが彼を冷酷非情と噂させるひとつの要因なのだろう。何ものにも捕らわれず、誰も上ってこられない孤高の位置で下を見据えている。
さきほどまで笑っていた人間がここまで変われるものだろうか、それともこの態度は自分の前だけなのだろうか。
この人のせいでここまでついてきてくれたランとまで危うい状況になっているのにグレイスはちっとも被害を被るどころかどこか楽しげだ。
なんだか自分だけが馬鹿にされ踊らされている気分でやるせない気持ちにファナはなっていた。
「お恥ずかしき姿をお見せした無礼をお許し下さい、陛下のご迷惑にならぬように以後十分に気をつけますのでご安心下さい」
「いい、私は執務室に戻る。姫もなにかあればなんなりと尋ねて来られるがいい」
いきなり言葉の口調がかわったので何事かと思い振り向いた見たらすでに皇帝の護衛が扉の隅に立っていた。
あぁ、やっぱりとしばらくの間一人で考えている間にグレイスはさっさと退室してしまっていた。
置いていかれたことに戸惑いを感じたが、侍女達が入ってきてずっとここにいるわけにもいかずファナは立ち上がった。
「なんなりと尋ねるがいい?」
――尋ねられるわけがない。そんなことまでグレイスは分かっていっているのだろうか。
いっそ醜態をさらす覚悟で陽気に執務室に行けたらと思うが自分の自尊心のほうが圧倒的に高い。だからそれを許すはずがなかった。
言葉にはしていなくてもファナの周りのオーラがどんどん濃くなっていくのが手に取るように分かる。侍女達が怖くて近づけないほどだ。
やりきれないファナの思いは別のところへ向けられようとしていた。
「ねぇグレイス、いま僕悪寒が走ったんだけど…」
「知るか、それより今は狸じじい共をどうするかだ。姫を迎えるにあたっていろいろ煩い奴もいたからな」
俺のせいじゃないと言わんばかりの顔でため息を吐く。
ルイもその気持ちが分からんわけではではないが無視しておくのが最良の判断だと感じて話を変えた。
なにしろその結婚話にはルイ自身も深く関わっていることをグレイスは知らないからだ。
「それより僕、なんかこの部屋からでたくないな・・・なんて」
「じゃぁ一生仕事してるか?それでもいいならの話だが」
「遠慮しておくよ」
先ほどから感じているこの恐怖はおおかた誰が発しているか分かってはいるものの未だそのいい解決策が見当たらない。
どうしたものかと悩んでいるとルイはグレイスの顔に何かみつけて固まった。
「グレイス、その傷どうしたの?」
「あぁこれか、姫にやられた。敵意というか嫌悪の眼差しには気付いていたがまさかここまでするとは誰も思わない」
「姫もやるねぇ。もうちょっと傷が深かったら国際問題だよ」
「深い、浅いの問題じゃないだろ。やる時点で国際問題だ」
本当に呆れたようにグレイスは深いため息をついた。
頭はいいのに少し抜けているというかズレているのがルイの特徴だ。
「そんなもんかな、というかグレイス避け切れなかったんだね」
「……うるさい」
ルイがくすりと笑うと不機嫌そうにグレイスはそっぽを向いてしまった。
「まぁいいや、というかグレイスがそこでなにも処置を取らなかったことも意外だな。僕はやられたらとことんやり返す方だと思ってた」
ルイは意外そうに頷く。彼の頭の中では男だろうと女だろうとグレイスはやり返す(刺し返す?)ものだと思っていたらしい。
「俺も最初は怒りが収まりそうになかった。でも仕返ししたからな、それに昨日はいいものが見れた」
「仕返しって大人気ない、相手は女性だよ?」
信じられないとでも言うように首を傾げる。しかしグレイスにとってはどうでもそこはどうでもいいことらしい。
「ふん、どうせ女なんて種残すための道具にすぎない」
「ぅわっ最低だね、男としても最低だし、とても皇帝の言葉ではないくらい下品だ」
「それが俺だ。それに昨日そうさせたのはお前だろ?」
「やっぱりばれてた?」
「当たり前だ」
グレイスは気付いて当たり前のようにふんっと鼻を鳴らして目を通していた書類に再び視線を戻した。
「なぜ、初日に姫を伽に入れる必要があった?」
「賊が入ったと報告を受けてね」
視線はそのままでグレイスは話を続ける。しかしさっきまでの笑いを含みつつの話はない。
「賊?近衛隊はどうしていた、それに城在住の護衛軍は」
「それが簡単に追い返せる奴じゃなくてね」
ハァとため息をついているわりには声がどこか楽しそうだ。その声の調子の意味をすばやく理解したグレイスは実務をこなしていた手を止める。
「まさか、予定より早かったな」
少し驚いたように顔をあげたが予知していたことらしくすぐに視線を種書類に戻した。
「会わせるなよ、奴と姫を。絶対あいつは会いたがる阻止しろ」
「だったらもう一週間ぐらい姫といてもらうよ、その方が護衛も一箇所で楽だし、姫も何か起きていることぐらい感づいてくれるだろう?」
「そうなるといいがな、なにしろ姫は昨日俺が伽を命令したと思っているせいで嫌がらせだとしか感じていないだろうからな」
「姫は頭悪くないと思うよ。嫌がらせだと感じたのは君が昨日、彼女に何かしたからだろ」
「お前には関係ない」
「――……。」
いきなりグレイスの心底冷えた声を聞いてルイはしまったと己の口を呪った。
男女の仲など、いくら親しいなかでも聞くものではないしまたことさらに皇帝と姫の間のことなど聞くべきではない。
自分の軽はずみな言動に悪態をついた。
「別にいい」
急に黙りこんでしまったルイが少し気になったのかグレイスは言葉少なくルイに声をかけた。
「無粋な発言をしました、お許しを」
「だからいいと言った、これ以上この話はしないことだ。……まぁだがあの姫はなかなかおもしろい」
許しを請うてきたルイに一言吐き捨てたかと思えば、グレイスは口角を上げて笑い始め、さらに声をだして笑い始めた。
何が起こったか分からなかったルイはグレイスがついに壊れたかと呆然と彼を見つめた。
「どうしたの、グレイス……」
「お前このあとどうするつもりなんだ、なんか嫌な予感がするんだろ」
グレイスが放ったこの言葉でこのあと起こるであろう出来事を思い出したルイだった。
足元の小さな咲き掛けの花に気付くのはいつだろうか
それはまだ誰も知ったところではない
願わくばその小さな花が気付かれず散ってしまうことのないように
その花が満開になるまでに摘み取られることのないように
もうちょっと整理しながら書きたいと思います。
時間があったら途中で整理していきたいと思います。何かご感想やご意見があればどんどん書いていただいたら嬉しいです。
次の次あたりで新しい人物が出てくるかもしれません。