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side 空(6)

「へえ~かもめちゃんって言うの?」

「学校同じ?」

「は、はい。一学年下で……」


 帰宅した海と陸は玄関にあった、空のもの以外の学校指定のローファーを目ざとく見つけるや、たちまち空からかもめの情報を引き出した。ひとりで水族館へ行くような姉にできた、珍しい年下の友達。そんな存在に、快楽主義的なふたりが興味を持たないはずがなく。


 キッチンに立つ空を放置して、海と陸はあいだにかもめを挟んで四人掛けのソファを占領している。空はなにをしているかと言えば、体が冷えているだろうかもめのためにホットココアを作っていた。そんな空を気にすることなく、海と陸はかもめを質問攻めにしている。


 三人ともが、空の存在を忘れているようだ。けれど、かもめは仕方がないかもしれない。突然空の弟たちに興味を持たれて、こうやって質問攻めにされているのだから、空のことを考える余裕がないに違いない。


 しかし空は、わかっていた。かもめもまた、ひと目見て海と陸に惹かれただろうことを、直感していた。


 脱衣所から出てきて、空の弟たちを見たかもめはさすがにおどろいた顔をしていた。けれどもすぐに、どこかぼうっと夢見心地のような目になって、ふたりに見とれているような表情になったことを、空は見逃さなかった。


 家の外では暴風が吹き荒れて、横殴りの雨が窓ガラスにぶつかる。まるで己の心中のようだと空は思ったが、すぐにこんなにも激しい感情は抱いていない、と脳内で訂正する。


 ホットココアが出来上がってキッチンから出れば、三人の会話は弾んでいるらしく、空が近づいてきたことにも気づいていないようだった。


「かもめちゃんカレシいないってホント? こんなにカワイイのに~」

「えっ、そ、そうですか? ありがとうございます……?」

「なんで疑問形?」

「え、えっとぉ……」


 空は、こんなにもうれしそうにしているかもめを見たことがない。海と陸の質問攻勢に戸惑いながらも、まんざらではない顔。ふたりから興味を持たれていることを、喜んでいると語る表情。


 やっぱり、自分には他人を喜ばせるセンスがないのだな、と空は心の中でひとりごちる。


 考えれば、アレコレと話題を振ってくれるのはいつもかもめばかりで、空はそれに甘えっぱなしだった。かもめといる時間を楽しく思えていたのは、ひとえに彼女の努力のお陰だった。空は、そこにあぐらをかいていただけにすぎない。それでは楽しい話題を提供してくれる海と陸に目移りしてしまうのは、至極当然のことに思えた。


「かもめちゃん……これ、よかったら」

「あっ、ありがとうございます!」

「かもめちゃんは甘いもの好き?」

「好きです!」

「へーそうなんだ。空はぜんぜん好きじゃないし、ホント空とは正反対って感じだね」

「いつもはなに話してるんだ?」

「えっと……」


 かもめにマグカップを渡してから、彼女が帰るまで空は自分がなにをしていたのか、あの気まずい時間をどうやって乗り越えたのか、覚えていない。たしかなのは、その日の出来事でかもめの心が空から海と陸に移ったことだけだ。いや、はじめからその心は空にはなかったと思ったほうが正しい気がした。


 あの日以来、かもめとは不思議と会わなくなった。空はたまにトークアプリでメッセージを送ったが、それに返ってくるテキストはどこかおざなりなものに感じられた。だが、それは決して被害妄想的なものではないだろう。


 お義理でやり取りをしているのを察したころから、どうもかもめは外で海と陸のふたりと会っているらしいことを空は知った。情報源は以前かもめに教えられたSNSのアカウントだ。『友達と水族館に行ってきた!』という文言と共に投稿された写真には、デフォルメされたクラゲのラバーキーホルダーが写っている。


『友達とおそろい』


 そんな文章を見て、空はもうかもめは自分のところには戻ってこないのだろうことを察した。


 そしてそうやって察すると、空は途端にかもめに対する感情すべてをシャットアウトする。そして徐々に意識からかもめの存在をフェードアウトさせる。空は、友達がもう友達だとは呼べなくなったのだと察すると、いつもそうやってきた。だから、別にかもめの存在を忘れ去るのは難しい話ではない。


 短い間だったが、いい夢を見させてもらった。


 空は最後にそう思って以降、かもめのことを忘れた。

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