第四話「雨の中の衝撃」
魔の森の一件から、ジャンの心には新たな気持ちが芽生えた。それは、あの少女のことだった。そして、自分の先祖だと思われる少年のことも。二人のことをもっと調べなければ、魔王がどうして少女が消えたと同時に現れたのか、少年のことを知る手掛かりが、故郷に伝わる昔話以外にもあるのではないかとジャンは考えた。真実を知るために、そして、その真実を知ることできっとガーデンベルグの歌の本当の意味を知ることができるのではないかと。
「行こう、ルビー。先へ進もう。」
「ああ、行こう。ジャンが進む道を俺もともに進もう。」
森が開いてくれた道の先を進んでいく。思っていたよりも早く森を抜けることができた。
「魔の森というから、結構身構えていたが、森を抜けてみると想像よりも大したことなかったな。」
「それは、僕もそう思った。もしかすると、愛し子と何か関係があるのかな。愛し子以外をあの湖に近づけないようにしてたとか。」
噂や言い伝えに聞いていた魔の森は、来るものを飲み込んでしまうような、そんな森だった。少なくとも、ジャンはそんなに簡単に出られるとは思ってもみなかった。そう考えると、やはり愛し子が関係しているような気がしてならなかった。しかし、これ以上は考えたところで憶測にすぎず、ジャンは真実を知る時まで待とうと決めた。
「しかし、森を出てやっと日の光を見ることができると思ったら、まさか曇っているとはな。これじゃ森を出た意味がないじゃないか。」
ルビーは不機嫌そうな声でそう言った。ジャンもそれは同じ気持ちだった。パアッと日の光が全身に注がれていくのを期待していたのに、曇りじゃそうはいかないからだ。空の向こうが段々と暗くなっていく、もうすぐ雨が降りそうな気配すらした。
「ルビー、雨が降りそうだよ。とりあえず、どこか屋根のある所に行かないと。」
そうは言ったものの、森の出口より先にはただひたすらに広がる荒野だった。屋根のある場所などありそうにない。
「ジャン、いざとなったらテントを張ろう。雨くらいはしのげるだろうから。とにかく歩けるだけ歩いて、雨が降ったらその時考えればいいさ。」
「そんなこと言ったって、僕が持ってるテントなんてボロボロで、一人ならまだしも、君も一緒となると雨に当たってしまうよ。」
ルビーはフゥッとため息をついた。テントは冒険の必需品だろうに、ジャンは今まで危険な旅などしたこともないのだろう。そんな決めつけをしていいのだろうかとも思ったが、保存食の件もそうだったがこれから先のことを考えると、ルビーはジャンに指摘せずにはいられなかった。
「ジャン、テントはこの先何度も使うものだ。俺が直してやるから。」
結局自分が直せばいいかと、半ばルビーは考えるのがめんどくさくなっていたのだろう。それ以上に早く休める場所を確保しなければと思ったのだ。空の向こうにあった雲は、もうすぐそこまで来ていたからだ。
「テントを出してみろ、直せるところを早く直そう。もうすぐ雨が降ってくる。」
ジャンは急いでテントを出した。ルビーの想像よりもテントは軽く修繕すればまだまだ使えそうなくらいだった。ジャンの着ていたマントもそうだったが、ガーデンベルグの物は丈夫なのだとルビーは感心した。
テントの破れている部分がそう多くはなかったので、ササっと縫うと、もう新品のように元通りになった。
「ルビーはすごいな、何でもできるんだね。」
「一人で生きていくのに必要なことは覚えなければいけなかったからな。」
ジャンは気になっていた。ルビーは一体どうして一人であの森の中で暮らしていたのだろうか。姿の醜いルビーを馬鹿にする奴らから離れたかったのだろうか、それともほかに理由があるのだろうか。ジャンは聞いてみたかった。しかし、昨日今日知り合ったばかりのルビーに、そんな話を聞くことはできなかった。自分はまだルビーのことを知らなすぎるから。
「よし、テントはこれでいいな。早く建てないと・・・」
ポツポツと小雨が降ってきた。雨の匂いをクンと嗅いで、これは大雨になる予感がした。
二人は協力して、テントを建てた。中に入ると、家の中にいるようで、ルビーはこのテントの丈夫さがよくわかった。
「すごいな、ガーデンベルグのテントはこんなに丈夫なのか?」
「僕たちの一族、ガーデンベルグは元は小さいけれど一つの王国だったんだ。その昔、ガーデンベルグは高い文明を持っていた。今も受け継がれている技術はあるけど、文献などにも残ってはいない他にもたくさんの技術力を持っていたんだ。」
「なぜ、今は残っていないんだ?それに、【元は】っていうことは・・・」
ジャンの顔が少し曇り、息を整えると、静かに話し始めた。
「ガーデンベルグに残っている文献少なくない。救世主のこと、昔の栄えていたころの文献も残っている。ただ、千年前の魔王襲来の頃にほとんどが消失してしまったんだ。残った文明の名残が、僕のマントみたいなものかな。真実を知る時が来たら・・・」
「どうした?」
「いや、もしその真実というものが、僕たちガーデンベルクにとって何か悪い影響があるんじゃないかって思ってね・・・」
ジャンは、静かに目を閉じた。自分がガーデンベルクの空白の歴史、それも昔話に出てきた悪魔について知ることになったとき、一体どうなってしまうのか少し怖くなった。
外は段々と雨が強くなっていき、ザァザァと降り出した雨にジャンの気持ちは揺れ動いた。
「ジャン、お前が今している旅は何のための旅だ?」
ジャンはハッとした。そうだ、自分はこの世界を救う救世主を探す旅に出たというのに。真実を知ることは、その目的を果たすために避けては通れない道だというのにこんなところで迷ってはいけないと・・・
「ルビー、君はやっぱりすごいや。僕は君と旅をできることが本当にありがたい。怖気づいてる場合じゃないね。」
「お前が正しいと思うことをすればいいんだ。救世主を探すことが、お前にとって正しいことならそれを信じて進むんだ。」
「僕は・・・探し続けるよ。たとえどんな真実が待っていようが、救世主を探すことを使命にしてきたんだから。」
ジャンは、ルビーの頭を撫でた。なぜそうしたのかはわからないが、幼いルビーに諭されたことに対して、ほかにしてやれることが思いつかず、思わずそうしてしまったのだ。
「な、なにするんだよ!」
バッと、ルビーはジャンの手を払いのけた。今まで誰もそんなことをしたりしなかったのに、なんで昨日今日あったばかりのジャンが自分の頭を撫でるのか、ルビーには理解できなかった。
「ご、ごめん。ただ、ルビーは幼いのにすごいなっていうのと、僕の迷った心を正してくれたお礼というか、こんなことしかできないんだけど・・・」
ルビーは思わずポッカーンとした。
「ジャ、ジャン。お前、もしかして、俺が小さいから子供だと思ってないか?」
「え?違うのかい!?僕は十六歳だから・・・十歳くらいかなって・・・」
「・・・同じ歳だ。」
「え?えぇぇぇぇぇぇ!?」
人を見かけで判断してはいけないとしても、声も子供のような声でてっきり九つから十くらいだと思っていたのに、自分と同じ歳だったなんて。
外の雨がさらに強くなっていることなど気にならないほどの衝撃を受けたジャンであった。