第二話「ガーデンベルクの歌」
魔の森へ入って行くジャン。口ずさむはガーデンベルグに伝わる歌。
微笑めよ 女神とともに 歌えよ 森の歌を
目覚めの時は 黒と白の分かれ目 さぁ 今こそ歌え集え 王の歌
女神の歌 守るはガーデンベルグ 探せ魔の森 そこに彼の記憶あり
眠れる女神よ この歌を捧ぐ あなたを守る・・・
「あなたを守る・・・この後の一節がどの文献にもなかったな・・・。でも、魔の森に行けば救世主の手がかりがありそうだ。」
薄暗く、生臭い。きっと日が当たらないせいで、菌が繁殖してしまったのだろう。
また毒にやられてはかなわないと、スカーフを鼻の上まで上げてなるべく息を吸い込まないようにしなければと、ジャンは用心した。
どのくらい歩いただろうか、薄暗い森は更に暗くなっていく。きっと日が暮れているのだろうが、空が見えないため何も確認ができなかった。仕方がないので、ジャンはここで少し休憩することにした。魔物の気配もないので、多分大丈夫だろう。
「とりあえず、薪をくべなければ。でも、ここの木は火が付くんだろうか?」
じめじめした森の木は、薪には向いていなそうだ。しかし、あたりを見回せど、どうやら、この木を燃やすしかないようだ。
湿っていて、中々火が付かないが、どうにかこうにか火をつけることができた。こういう時に、魔族の魔法がうらやましく感じてしまうのが、恨めしかった。
「しかし、ここではネズミ一匹いやしない。食べ物は多分もうなかったと・・・あ!」
何もないと思っていたバッグの中に、たくさんの保存食が入っていた。そして・・・手紙が。
『お前のバッグの中身を勝手に見てしまってすまない。しかしなぁ、保存食の一つも入ってなかったぞ!そんなんじゃ、これからの旅で不自由だろう。これは別に要らない食べ物を捨てるのがもったいなかったから、お前のバッグの中に入れただけだ。まぁ、元気でな。 ルビー』
「ルビー・・・」
「呼んだか?」
うわぁぁぁぁ!!
ジャンの心臓は、きっと人生で一番ドキッとしたに違いない。なぜか後ろにルビーがいるのだから。
「る、ルビー!?どうしてここに!」
ここに座っていいか?と、聞いておきながらルビーはもう座っていた。
「・・・俺はただ、お前に礼が言いたかっただけだ。」
「礼?」
「俺はこの醜さで、今まで人に、魔物にすら笑われてきた。だからあんな辺鄙なところに住んでいたのさ。魔の森の近くなんて、人も魔物も中々近づかないからな。」
「そうなのか・・・」
小枝を焚火にくべながら、ルビーはジッと火を見つめて、ゆっくり話し始めた。
「この名前も、よくからかわれたよ。こんな醜い奴が、なんでそんな名前なんだってな・・・」
「ルビー・・・」
「でも、お前だけは、俺の見た目に囚われずに、綺麗だといった。俺のルビーという名を。」
光の当たり方のせいだろうか、一瞬ルビーがほほ笑んでいるように見えた。
「だから、あれだよ。・・・俺も、一緒に行きたいんだ。お前と一緒に、旅をしたい。」
ジャンは驚いた。まさか、自分を小屋から追い出したルビーが、自分と一緒に旅をしたいと言っている。でも、ジャンは嬉しかった。故郷を出て、今までずっと一人だったから。
「ルビーが一緒に来てくれるなら、嬉しいよ。ありがとうルビー。」
「まぁ、一緒に旅をするとは言ったが、一体何の旅か教えてくれ。」
「アハハ、そうだね!話せば長いんだけれど・・・」
僕はガーデンベルグという国の・・・国といっても、今はもう小さな集落みたいなものだけれど。千年前の魔王軍との戦いで、僕たちのご先祖様は、最後の最後まで戦ったんだ。
しかし、人間は負けを認め、ガーデンベルグとエルフ族は一族の血を絶やしてでも、魔王を倒したかったんだ。
結局、少数の一族の者たちを残して、全滅したよ。
でも、エルフ族は元々平和を好んでいた種族だから、森の向こうに新たな村を作り、結界を張って、そこから今はどうしているのか・・・。
そして、ガーデンベルク族は魔王軍に忠誠を誓った・・・フリだけどね。誇り高きガーデンベルクは、魔王に屈したりしない、千年経ってもそれは変わらない。いつか魔王を倒すために、伝説の救世主を探し続けているのさ。
「救世主?」
「うん、僕たちの国・・・集落にはね、代々伝わる歌があるんだ。その歌をたどれば、見つかるはずなんだ。この世界を救う救世主がね。」
救世主を探してここまで旅をしてきた。ジャンには、何故かはわからないが、確信があった。
救世主は存在することを、そして、人々を救ってくれることを。
「救世主がいるって本当に信じているのか?」
「ああ、絶対にいるはずなんだ。ガーデンベルクの歌は噓を歌っていない。真実のみを歌っていると、誰もが信じているんだから。」
ルビーはジャンを見つめた。その瞳には、強い意志を感じた。ジャンを信じてみよう。そうルビーは心に決めた。
「俺はお前がうらやましいよ。信じるものがあるってことがな。お前についていけば・・・」
ルビーは言葉を濁した。「気にするな」と一言言うと、ゴロンと横になった。
「いつか、お前にも話してやるよ。今日はもう寝ようぜ。」
「ああ、そうだな。おやすみ、ルビー。」
「おやすみジャン。」
焚火の火だけが灯る魔の森だったが、思わぬ仲間が増えた喜びで、ジャンは不思議と恐怖を感じなかった。
この森のどこかにある、救世主探しの手がかりをジャンは夢見た。
この世界を救う存在への憧れを胸に、ジャンも眠りについたのだった。