第一話「少年と嫌な奴」
ようこそ、冒険の世界へ!
いえ、私はこの物語の主人公ではありません。
ただの道化師でございます。
この世界には、貴方のような人間は一人もいやしません。
じゃあ、どんな生き物がいるかって?
まぁまぁ、そんなに焦らずに私のお話を少し聞いていきませんか?
冒険の物語はそれからでも遅くないですよ。
ここはヴァルカダム。
今から千年も昔…魔族が地底の奥深くより、この地上に現れ全ての生き物にこう言ったのです。
『我々を縛り続けた呪いは解かれた。
聞け、全ての者共よ。
我々はお前達と違い寛容な存在。
全ての生き物を生かし、滅する事はせぬ。
我が魔王を敬い、反する心持たぬならお前達の生を
我々は奪ったりなどせぬ。』
全ての生き物は、その言葉に従いました。
魔王を敬えば、何も恐れることなどないからです。
千年の時が経とうと、その心は変わることはありませんでした。
たとえ、魔族に虐げられ、誇りを奪われたとしても、命を奪われたりはしなかったからです。
ここは、バールタルの森・・・おや?誰かが何かから逃げているようです・・・
ここからは、貴方がこの物語の語り部となってください・・・では、また後ほどお会いしましょう。
緑のボロボロになったストローハットを目深に被り、赤い大きなスカーフで隠れた口からは、少年の苦しそうな息遣いが漏れていた。
爺やから譲り受けた古ぼけたマントは、いたるところが破れてはいたが、その丈夫さは見るだけでわかるほどだった。
もう、逃げきれない。しかし、ここで諦めてしまっては、わが一族最後の願いが途絶えてしまう!
絶対に、見つけなければ。彼の地より現れし救世主を!
三日三晩走り通しだったが、少年の美しい黄金の瞳からは諦めという言葉は感じられず、むしろ強い意志を読み取ることができた。
少年を追っていたフライゴブリンは、上空から嘲笑っていた。
「お前を追いかけて遊ぶのにもそろそろ飽きた。今、楽にしてやろう!」
そう言い放つと同時に、毒矢を打ち放った。
ハッとした時にはもう遅く、毒矢は少年の右胸を貫いた。
「憎き奴らの最後の生き残りを、ついに俺が打ち取った!魔王様に報告したらたんまりと褒美をもらえるに違いない!」
ゲギャギャと、身の毛もよだつような声で笑うフライゴブリンだったが、その笑い声は一瞬にして途絶えた。
目にもとまらぬ速さで、自分の喉元に刺さった鉄の塊のせいだろう。
気が付いたと同時に、フライゴブリンは落下し、絶命した。
いったい何が起きたというのだろうか。
毒が回り、視界もぼやけていたが、少年の耳はまだ正常に動いていた。
「耳障りな声だ。俺の昼寝の邪魔をしやがって。」
ズルズルと、引きずるような音とともに現れた人物の姿を確認すると、少年は意識を失った。
大きな、深い暗闇の瞳を持つ、その人物の姿を・・・。
パチパチと、薪が弾ける音がする。ここは・・・
ハッと目を覚ました少年は、自分がいる場所を把握するのに時間がかかった。
丸太でできた、狭い小屋。大きな鍋と、暖かい火。少し正気を取り戻しながら周りを見回すと、狩りで獲った獲物だろうか、ウサギが二匹天井から吊り下げられている。そして、作業台だと思われる大きな机には、見たこともない道具がごちゃごちゃと置かれていた。恐らく、作りかけなのだろう。
ガタガタと、建付けの悪そうな扉を開けて、何かが入ってきたので少年は身構えたが、その姿を見た瞬間、息をのんだ。
ツギハギだらけの薄黄色のシャツに、焦げ茶色のズボンを履き、真っ黒の靴はその小さな体には似合わないほどブカブカで、これまたボロボロの真っ赤なマントを着たおかしな格好をしている。
それ以上に少年の目を奪ったのは、その顔であった。
口は針金で縫われ、顔のあちこちもツギハギで、きっと梳かしたことがないのであろうその黒髪は、爆発したかのようにボサボサであった。
そして、顔の半分ほどの大きさもある「目だと思われる部分」は、気を失う瞬間に自分が見たあの瞳?だった。どこまでも深い闇のような、それに見つめられると、何もかも見透かされているような気になり、少年は思わず目をそらした。
「なんだ、起きていたのか。具合はどうだ?」
声は幼い子供のような声で、少年は少し安堵した。
「君が助けてくれたのか。礼が遅くなって申し訳ない。僕は・・・」
自己紹介は、小さな手のひらに静止されてしまった。
「いや、お前と深くかかわる気はない。ただ、俺の森で人に死なれるのが嫌だっただけだ。」
握手をしようと差し出した手をぎゅっと握りしめ、少年は大きく深呼吸をした。ここで怒りを出しても、良いことはないだろう。嫌な奴でも、命の恩人にかわらないのだから。
「じゃあ、三つだけ聞きたいことがある。まず一つ目、どうやってフライゴブリンを倒したんだ?」
意外にも、嫌な奴は(少年はそう呼ぶことにした。)答えてくれた。
「簡単なことだ。魔力を込めた鉄のしゅ・・・そうだな、塊を投げつけただけだ。」
「しゅ?」
「うるさい。気にするな、とっとと質問を終わらせて出て行ってくれ。」
「わ、わかった。二つ目は、魔力を使えるということは、君は魔族なのか?」
ピクッと、嫌な奴は反応したが、すぐにまた冷静になって、冷たく言い放った。
「俺は、魔族じゃない。見た目は奴らの仲間にしか言えないだろうが、俺は俺独自の魔力を持っている。それ以上は聞かれても教える気はない。」
「・・・三つ目だ。君はいったい何者なんだ?せめて恩人の名前くらい教えてくれないか。」
イライラしているのか、指で自分の腕を叩きながら、フーっとため息をつき、「笑うなよ」と一言付け加えると、早口で答えた。
「俺の名前は・・・ルビーだ。」
少年はキョトンとした。
「何で笑うなよって言ったんだ?綺麗な名前じゃないか。」
「名前はな!見ろ、この醜い姿を!ルビーなんて似合う姿じゃないのさ!さぁ、もう出ていけ!お前の傷も毒も、もう動いて大丈夫なように治療した!さぁ、早く出て行って俺を一人にしてくれ!」
荷物やらマントやらを一緒に持たされ、グイグイとすごい力で少年は追い出された。
「何であんなに怒るんだ?本当に・・・綺麗な名前だと思ったのに・・・。」
しかし、あんなに深い傷を負ったのにも関わらず、ルビーの言ったことは本当でちっとも痛みは感じなかった。
「嫌な奴かと思ったけど、本当はいい奴なのかも。」
そう言っても、これから自分が進んでいく道をともに歩いてはくれないだろう。
少年は、くるっとドアの方を向いて、ルビーに聞こえるように語りかけた。
「ルビー、折角名前を教えてもらったんだ。君に、俺の名前を知って欲しいと思ったんだ。」
二度と会うことはないかもしれない、だったら深く関わることもない。今度こそ名前を言っても怒られはしないだろう。
「俺は、ジャン。ジャン・フォレスト・ガーデンベルグ。命を助けてくれてありがとう。さようなら。」
ジャンは、荷物を肩に担いで、故郷ガーデンベルグの歌を歌いながら歩きだした。
微笑めよ 女神とともに 歌えよ 森の歌を
目覚めの時は 黒と白の分かれ目 さぁ 今こそ歌え集え 王の歌
意味は解らずとも、ジャンはこの歌が大好きだった。
故郷の美しい森を思い浮かべ、ジャンはまた歩き出した。深い深い魔の森へ。
帰らずの森と異名を持つ、魔の森へ・・・。