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どうやら、疑われているようです


「………」


 自分は不審に思われている。だから家に招かれたのだと、ようやく覚った。

 兄たちと再会できたことに浮かれていた私は、自分の置かれている状況を正しく理解する。


 普通に考えれば、疑惑の目を向けられるのは当然だ。

 他国から来た見知らぬ者が、いきなり自家の墓参りに訪れたのだから。しかも、ご丁寧に滞在先と名まで残して。

 ピーターが私を何者なのかと調べ本人へ問い質すことは、当主として当たり前の行動だった。


「わたくしは、あなたが怪しい人物だとは思っておりません。お墓に供えていただいた物は、すべて故人が好きだった物ばかりでしたから。そこには、彼らを悼む気持ちが確かにございました」


「もしかして、あそこですれ違ったご婦人は…」


「はい、わたくしです。あの日は、義父母の月命日でしたので」


「…そうでしたか」


 だから私も、わざわざあの日を選んで墓参りをしたのだ。

 もしかしたら、モリーはあの時すでに墓守から私の話を聞いていたのかもしれない。


「さて…そろそろ、こちらの質問にお答えいただきたいのですが?」


 モリーは優しいまなざしで私を見つめているが、ピーターの視線は相変わらず鋭いままだ。

 どんな言い訳も、言い逃れも許さない…兄の確固たる意志を感じた私は、正直に打ち明ける覚悟を決める。


「信じていただけないと思いますが…私はあなたの妹、『セリーヌ・ログエル』の生まれ変わりなのです」


「……はあ?」


 普段、冷静沈着なピーターにしては珍しく、素っ頓狂な声が出た。

 自分でも驚いたのだろう。慌てて口を押さえている。


「十八年前、あの出来事で命を落としたあと、すぐに生まれ変わったようです。ランベルト王国の子爵家の三女『スーザン・バンデラス』として…」


「………」


「私が前世の記憶を取り戻したのは、七歳のときです。他国で起きた魔物の異常発生の話を本で読んだあと、頭の中に大量の情報が流れ込んでき…」


「ハッハッハ! そんな、荒唐無稽な話を信じろというのですか?」


 話の途中、突然部屋に入ってきたのは、第三騎士団副団長のライアンだった。





「正直に、ランベルト王国の間者だとお認めになったらいかがですかな?…バンデラス殿」


「マルディーニ殿、どうしてあなたがこちらに?」


 なぜライアンがここにいるのか、その理由がわからない。

 しかも彼は、私を『ランベルト王国の間者』だと言っている。


「私がログエル伯爵様に協力をお願いしました。監視を付けていたあなたの行動が、あまりにも疑わしいもので」


「…監視」


 自分に監視が付いていたなんて、全く気づかなかった。

 これまでの行動が、全て見られていたのだろうか。

 ライアンから疑いを持たれるようなことは、何一つしていないと思うが。


「もしかして…私に宿屋を紹介してくださったのは、このため…」


「それは、あなたのご想像にお任せします」


 ライアンは否定も肯定もせず、不敵な笑みを浮かべた。


「その瞳の色は、おそらく本物なのでしょう。…ですが、髪色まで染めて同じにするのは、あまりにもあからさまでしたよ。それで、かえって私に目を付けられてしまったのだから…皮肉なことに」


「えっと…マルディーニ殿は、一体何の話をされているのでしょうか?」


自分が疑われていることは理解したが、瞳と髪の色とはどういうことなのか。


「あなたの、その容姿ですよ。我が国の英雄『セリーヌ・ログエル』に似せることで自分に親近感を持たせ、警戒心を緩めようと画策したのでしょう? 同じ女騎士にまでなって…」


 セリーヌ亡き後に出版された伝記の影響で、グレイシア王国の女性たちの間で『英雄セリーヌ』になりきるという流行が起こった話は、本屋の主人から聞いていた。

 髪の色を同じ青に染め、女騎士を目指す者もいたらしい。

 ただセリーヌになりきるだけなら、何も問題はなかった。しかし、それを悪用する者が現れたのだ。

 たまたま瞳の色が同じ赤紫色の子供の髪の毛を青に染めて、セリーヌの隠し子だと吹聴したり、彼女の生まれ変わりだと自称する者もいたとのこと。

「取り締まりの強化によって不届き者はいなくなったが…あなたも、行動には十分気を付けて」とは言われたが、まさかこれが原因でライアンから疑いの目を向けられていたなんて、思ってもいなかった。


「護衛任務が終わったのにひと月も休暇を取ってこの国に滞在するなど、情報収集が目的に決まっている。理由はわかりませんが、『セリーヌ・ログエル』の関係者を調べていることはわかりました。そして…あの花束と酒は、あなたがしたことだそうですね? 監視していた諜報員からの報告を聞いた時は驚きましたよ。まさか、皆が好きだった酒の銘柄まで調べ上げているとは……伝記にも載っていないのに」


 手に持っていた報告書をひらひらさせながら、ライアンは苦笑している。

 彼は、私が街の本屋で伝記を購入したことも知っているようだ。


「一度、詳しい話をお伺いしたいので、詰所までご同行いただけますか?」


「わかりました」


 お願いする形にはなっているが、これは『連行』と同意だ。

 たとえ拒否したとしても、おそらく別の手段が用意されているだろう。

 立ち上がった私は、おとなしく従う。

 もとより、抵抗する気はない。


 ライアンの目配せで、部屋にいた従者が傍にやって来た。どうやら彼は、ログエル家の従者ではなくライアンの手の者だったようだ。

 私としては詰所でも同じ主張を繰り返すつもりだが、この様子だと信じてもらえるかわからない。

 疑いが晴れなければ、国外退去になるかもしれない…そう思ったら、ため息が出た。



「マルディーニ副団長殿、彼女へ一つだけ確認をしたいのだが、よいだろうか?」


「構いませんが」


 ライアンの許可を得て、ピーターが私のほうを向く。

 これが、兄との最後の対面になるだろう。


「なぜ、あなたは父が好きだった葉巻の銘柄や、母の好きなバラの花がピンクと白の二種類と知っていたのだろうか? 調べるにしても、このことを知っている人物に見知らぬ者が接触したという事実は、こちらでは確認できなかったのだが…」


「ああ、そんなことですか。それは、『私が二人の娘だからです』……と言っても信じてもらえないので、好きな理由のほうを。彼らが初めて贈り合った物だからでしたよね? 私は、あなたからそう教えてもらいましたよ…ピート兄上」


「!?」


 最後だからと、幼い頃の呼び名で兄へ呼びかけると、ピーターは目を見張った。


「ログエル伯爵様、そのお話も伝記には…」


「…無論、載っていない。両親の話だからな」


「そうですよね…」


 急に無言になってしまった二人に、あれ?と思った。

 伝記には記載されていないセリーヌ()しか知らぬ事実を次々と述べていけば、もしかしたら信じてもらえるのではないだろうか。

光明を見いだした私は、僅かな可能性にかけ口を開く。


「私は、兄上と義姉(あね)上の馴れ初め話も知っております。お二人は学園の同級生で、兄上が毎日義姉上に手紙を送って…」


「ゴホン! その話は、セリーヌも知らぬはずだが…」


「いいえ、昔セリちゃんから尋ねられたことがあって…ふふふ、わたくしが教えました」


「………」


 明らかに狼狽しているピーターの反応が面白くて、私は気を良くする。

 次に目を向けたのは、もちろんライアンだ。


「マルディーニ殿は子供のころ、自分が割った花瓶を『ミゼルがやった!』と、弟君へ罪を(なす)り付けたことがありますよね?」


「な、なんでその話を!」


「お父上のジョアン殿から聞きました。一緒にノヴァ殿下も楽しそうに聞いておられましたよ。それから…」


 ピーターの苦手な虫が突然目の前に出てきて、彼が腰を抜かした…とか、ライアンが幼なじみの女の子からフラれて、数日落ち込んだことがある…とか、私が調子にのってあれこれ暴露話をした結果、男性二人は黙り込み、モリーだけが楽し気に笑っている。


「ねえ、あなた。わたくしは、この方がセリちゃんの生まれ変わりだという話を信じます。そうでなければ、説明がつきませんわよね? これらの情報を、彼女はどこで知り得たというのでしょう」


「それは…」


 モリーはまだ認めることを躊躇している夫から、私へ視線を戻す。


「先ほど、あなたは侍女がお茶を淹れているところをじっと観察されていましたが、どうしてあのようなことを?」


「彼女が…モネが立派な侍女になっていたことが嬉しくて、つい見つめてしまいました」


「セリちゃんとモネは、仲が良かったものね…」


 モリーの言葉に「そういえば、そうだったな…」と小さく呟いたピーターは、じっと何かを考えこんでいるようだった。

 隣から何か言いたげに自分を見ているライアンへ顔を向けると、プイッと顔を逸らされる。


「セリ…なのか」


「えっ?」


「おまえは…本当に『セリ』なのか、聞いているんだ」


「うん、本当だよ。マル…ライアンはまだ信じられないと思うけど…」


「ああ、そうだな。信じろと言うほうが、無理な話だ。でも…」


 ライアンはうつむいたまま黙り込む。

 しばらくして、琥珀色の瞳を私に向けた。


「信じられないけど……信じるよ。だって…『ノヴァ殿下』と呼ぶことを許されていたのは…おまえや父上たちだけ…だったからな…」


 当時のことを思い出したのか、ライアンは笑っているような、でも、今にも泣き出しそうな顔で言葉を絞り出した。


 ノアルヴァーナ殿下を『ノヴァ殿下』と呼ぶことになったのは、殿下のある発言からだった。

 王家特有の長い名を持つ彼が、「私も『セリ』のような親しみの込められた愛称で呼んでもらいたい」と子供らしい我が儘を言って、側近たちが困り果てていた。

 それを見かけた私が、「では、これからは『ノア殿下』とか『ノヴァ殿下』とお呼びしましょうか?」と言ってしまったのだ。

 同僚たちから「いくら何でも不敬だ!」と突っ込まれ、すぐに発言を撤回した私だったが、殿下ご本人が大層気に入ってくださり、私たちだけがそう呼ぶことを特別に許されたのだ。



「…セリーヌ」


 懐かしい話を思い出していた私は、前世の名で呼ばれたことに気づく。

 ピーターはこちらにゆっくりと歩いてくると、目の前に立った。

 先ほどまで鋭く光っていた紺眼は、今は凪いだように穏やかになっている。


「どうして……私より先に逝った?」


 ピーターから真っすぐに問われ、ギュッと胸が鷲掴みにされたように苦しくなる。

 両親亡き後、一回りも年の離れた妹にも先立たれてしまった兄の心情を思ったら、自然と涙が溢れていた。


「も、申し訳ございません。全ては、私の不徳の致すところで…」


 頭を下げた私は、ふわっと温かいものに包み込まれる。ピーターに抱きしめられていた。

 両親亡き後、私が情緒不安定になる度に、兄は私を抱きしめてくれた。

 幼いころはよくこうしてくれたのに、私が成長するにつれ、いつの間にかなくなってしまった兄妹のふれあい。


「…よくぞ、会いに来てくれた。おかえり……セリーヌ」


「ただいま戻りました…兄上」





 すっかり冷めてしまった紅茶を入れ替えて、お茶会として仕切り直しとなった。

 今度は、ライアンも席につく。

 どうしても知っておきたいとライアンから懇願され、私はあの日起きた出来事を包み隠さず全て話した。

 皆が静かに耳を傾け、真剣に聞き入っていた。


「…最後まで、全員立派に戦ったんだな。でも、『各自、二十頭以上を仕留めれば終わるぞ。なあ、簡単な話だろう?』なんて、父上らしいというか…」


「最初にジョアン殿が皆を鼓舞してくださらなかったら、全ての魔物を討伐することはできなかったと思う」


「そうか…セリ、ありがとう。辛い出来事を思い出させてしまって、すまなかった」


 頭を下げたライアンへ、そんなことはないよ!と首をブンブンと勢いよく横に振ると、少し目の赤い彼が白い歯を見せて笑った。


 その後、私は情報を得ることができなかった、インザック殿とマシュー殿の遺族の話を聞いた。

 ノートン家は妹が婿を取り、ニコルソン家は弟がそれぞれ家督を継いだとのこと。

 現在は次代の跡取りも生まれているそうで、一安心。


「それで…兄上、ノヴァ殿下はお元気に過ごされていらっしゃいますか?」


 最後に、私は元(あるじ)の現状を確認する。

 自分(セリーヌ)が死んだあとノヴァ殿下が無事に王都へ帰還できたのか、それだけが心配だった。

 キャサリン殿下の婚約者である第一王子殿下は、兄の王太子殿下…現国王陛下の嫡男だ。

 王弟殿下になる彼の情報は、ランベルト王国には全く入ってこない。

 ノヴァ殿下の無事は信じていたが、念のため、中央広場で石碑に刻まれた犠牲者の名をすべて確認した。

 結論から言えば彼の名はどこにもなく、私はホッとしたのだ。


「ノアルヴァーナ殿下は公爵位を賜って、現在は『ノアルヴァーナ・レンブル』と名乗っていらっしゃる。国王陛下から第三騎士団の団長を拝命された…つまり、俺の上官だ」


 ピーターに代わって、ライアンが答えてくれた。


「そう、ノヴァ殿下が騎士団長に…」


 あの心優しい主が自分の希望を叶え騎士団長になっていることが、自分のことのように誇らしく、そしてとても嬉しい。

 思わず満面の笑顔になった私に、ライアンがおもむろに切り出した。


「なあ…セリ、レンブル団長…ノアルヴァーナ殿下に会いたいか?」



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