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実家の墓参りに行きました


 この日、私は王都の外れにある墓所に来ていた。

 貴族用の区画がある門を通り抜け、目的地を目指して歩いて行く。


 今日は正装用の騎士服を身に纏い、髪も丁寧に梳かしつけて綺麗にまとめている。

 それなりの身分の者であると墓守に示さなければ、こちらの区画へ入ることができないからだ。

 女一人馬車ではなく馬に騎乗し、従者も連れていないことを不審がられたが、「自分は所用で他国から来ている者で、ついでに遠縁の墓参りに来た。決して怪しい者ではない」と努めてにこやかな笑顔で説明し、何とか入場の許可を得た。

 自分で「怪しい者ではない」と言っている時点で、十分怪しいよな…と自嘲してしまったが。

「念のために、墓参り先の家名と滞在先・名をお尋ねしたい」と言われたので、宿名と自分の名・家名を記入した紙を墓守へ渡しておいた。


 着いた先はログエル伯爵家の墓。前世のセリーヌの実家だ。

 両親のお墓の隣に、自分の墓もあった。

 セリーヌ時代の両親は、私が九歳のときに事故で共に亡くなっている。それからは、一回り歳の離れた兄夫婦が親代わりとなって私を育ててくれたのだ。

 妹である自分が兄よりも先に逝ってしまったことに、今さらながら罪悪感を覚えた。


 当時、兄夫婦には九歳と六歳の息子がいたので、今の(スーザン)にとっては年上の甥になる。

 上の子は父と同じ文官を目指していて、下の弟はセリーヌの影響で騎士になりたいと言っていた。


 ――皆、元気だろうか…


 こちらにいる間に一目だけでも会いたいと思うが、他国の人間である自分がいきなり屋敷を訪ねても会ってはもらえないだろう。





 墓前に、父が好きだった葉巻と、母が好きだったピンクと白のバラの花束を供える。

 一応、自分(セリーヌ)の物も用意したが、自分の墓前に自分が供えるという行為が滑稽に思えたので止めておいた。

 せっかく持参したので、セリーヌ(自分)が好きだったペイル菓子店のクッキーを一枚口に入れる。


 ――うん、美味しい!


 ペイル菓子店は、ゼスターの実家だ。

 当時から人気のあった店は長兄が継いだので、彼は幼い頃からの夢…騎士になることができたのだと話していた。

 クッキーを買いに行った時も店内には大勢の客がおり、今も変わらず繁盛していることが見てとれた。


 久しぶりのその味を、思い出と一緒に噛みしめる。



◆ ◆ ◆



 大通りからは外れた裏通りに、家紋のない馬車がひっそりと停まっていた。

 中には、成人の男女と一人の男の子がいる。


「よろしいですか、ノヴァ殿下は今から『商会の跡取り息子ノア様』となります」


「わかった。それで、ゼスターとセリは私の父に雇われた護衛兄妹…という設定なのだな」


「はい。私はゼスター殿を『兄上』と呼びます。本当は、顔や髪色等が全然似ておりませんので夫婦の方が良かったのですが、ゼスター殿がどうしてもと申しますので…」


 セリーヌがチラリとゼスターへ視線を向けると、彼はコクコクと頷いている。


「本日は実家へ参りますので、店内では私はこのように顔を隠し一言も言葉を発しません。やり取りはすべてセリに任せます」


 自分だとわかれば、『ノア』がノアルヴァーナだと気づかれてしまう。だから「セリ、頼んだぞ!」と、出発前に言われていた。

 今日は陰から護衛している他の三人からは、「じゃあ、ゼスターが誰かと交代すれば?」と言われていたが、彼はそれを拒否した。

 ノアルヴァーナの店での様子を、どうしても自分の目で見届けたいのだという。

 その気持ちが理解できるセリーヌは、喜んで協力したのだった。


 店内は、多くの客で賑わっていた。

 焼き菓子が所狭しと並べられていて、ついつい目移りしてしまう。


「セリ、どれも美味しそうだが…何を買うのだ?」


「兄上、いかがしますか?」


 セリーヌが後ろに控えているゼスターを見ると、彼が何かを指さしている。

 その先にあったのは、色とりどりのクッキーだった。

 丸や四角、花や動物など、様々な形にくり抜かれており、見ているだけでも楽しい。


「ノア様、こちらはいかがでしょう?」


「うん、それを購入していこう」


 もっとゆっくり選べれば良かったのだが、ノアルヴァーナからの強い要望に側近が折れ、「短時間で戻ってくるなら…」という条件で特別に許可をもらっていた。

 手早く会計を済ませると、すぐに馬車へ戻る。

 途中、匂いに誘われて追加で串焼きも買ってしまった。


 王城に戻ってから皆で分け合って食べたクッキーと串焼きは、格別の美味しさだった。

 笑顔が広がる中、部屋の隅でこっそり涙を拭っていたゼスターには、誰もが気づかないフリをした。





 クッキーを一枚で止めるつもりがついつい手が伸びてしまい、気づけば袋の中は残り二枚だけ。

 かなり迷ったが、申し訳程度の数しか入っていない袋を結局供えることにした。

 自分の墓前だから、食べかけを供えても特に問題はないと思う……多分。


 父と母へ近況報告を終えると私は立ち上がり、来た道をゆっくりと歩いて行く。

 途中、ベールを被り若い従者を連れたご婦人が向こうからやって来たので、端に寄り道を譲った。

 通りすがりにペコリと頭を下げられたので、こちらも同じように返しておく。


 さて、今日はこれからどこへ行こうかな…と考えを巡らせていた私は、婦人が振り返って自分を見つめていたことに気づかなかった。





 その使者がやって来たのは、墓参りをしてから数日後のこと。

 宿の食事処で昼食を取り、部屋でまったり寛いでいるときだった。


 この日はどこにも出かけず休息日にあてるつもりだった私は、ベッドに寝転がりある本を読んでいた。

 本の題名は『五人の英雄たちの生涯』。街を散策しているときに本屋で偶然見つけた自分たちの伝記だ。

 自分の死から数年後に刊行されたもので、著者『アグナーノ』はセリーヌ時代の記憶にはない人物。

 どんな内容なのかと戦々恐々としながら読み始めたが、アグナーノ氏はきちんとした取材をもとに書いたようで、セリーヌに関しては概ね事実と合っていた。

 ただ、セリーヌの容姿を(表紙の肖像画も含めて)実物よりも()()()美化した表現が多く、読んでいて「これは、(セリーヌ)じゃない!!」と何度絶叫しそうになったことか。


『…自分に思いを寄せる人物の存在に気づかぬまま、セリーヌは十七歳の若さで旅立った』の一文には、はて?そんな人はいなかったけどな…と首をかしげてしまった。

 伝記とはいえ多少脚色されてしまうのは構成上止むを得ないことなのだろうかと考えたところで、女性だった自分に浮いた話が一つもなかった事実に同情されたのかもしれないとすぐに思い当たった。


 羞恥心でひとりベッドの上で悶絶…しかかっていた私は、宿の主人の取次ぎで一階へ降りると、応接スペースで使者と向き合った。


「突然の訪問、失礼いたします。私は…」


 訪ねてきたのは老齢の男性。しかし、彼が名乗る前から私には正体がわかっていた。


 ――バッハ!


 彼は、ログエル伯爵家で長年執事を務めている人物だ。

 セリーヌの記憶では、あの頃で四十代(なか)ばだったはずなので、今は六十代になっていると思われる。

 歳を取っても背筋がシャキッと伸び矍鑠(かくしゃく)たるバッハに、思わず笑みがこぼれた。


 バッハの話を要約すると、彼の主人が私へ是非とも尋ねたいことがあるので、三日後に屋敷まで来てもらえないか…とのこと。


 ――バッハの主人って、兄上のことだよね…


 兄が現世では他人である自分に何の用事があるのか、そもそもなぜスーザンを知っているのか、皆目見当もつかなかったが、実家に堂々と帰ることができるこの機会を断る理由などない。

 喜んで快諾し、三日後の午後に迎えの馬車を寄こすと言うバッハを私は笑顔で見送ったのだった。





 三日後、騎士服を身に纏った私は、懐かしい我が家に降り立った。

 緑の屋根に、白い壁。

 手入れの行き届いた庭園。

 出迎えてくれた侍女や従僕たちの中に、見覚えのある顔がいくつかある。

 皆、歳は取っているが元気そうだ。

 懐かしさで目頭が熱くなり、涙が溢れそうになるのを奥歯を嚙みしめてグッとこらえた。


 持っていた剣をバッハに預け、応接室へと入る。

 部屋にいたのは一人の従者と壮年の夫婦…兄と義姉だった。


「この度は、突然の申し入れにもかかわらず招待を受けていただき、ありがとうございます。私は当主のピーター・ログエルと申します。こちらは、妻のモリーです」


「初めまして。本日はお招きいただきありがとうございます。わたくしはランベルト王国から参りました、スーザン・バンデラスと申します。国ではキャサリン殿下の護衛騎士を務めておりました。本日はこのような恰好で、申し訳ございません。何分、持参している正装がこれしかないものですから…」


 自分の兄と初対面の顔で挨拶をすることが、とても不思議な気分だった。

 顔の皺が少し増えたように見える兄ピーターは、今年で四十七歳になる。

 セリーヌと同じ鮮やかな青色の髪に紺眼の彼は、普段は穏やかだが、怒るとその紺眼が吊り上がりとても怖かった。

 唯一の肉親である兄が息災だったことが、本当に嬉しい。


 義姉のモリーは、セリーヌにとっては母親代わりの人だ。

息子しかいなかった彼女は、私を本当の娘のように可愛がってくれた。


「こちらには観光で滞在されていると伺っておりますので、どうかお気になさいませんように」


 昔と変わらぬ慈愛に満ちた表情で、モリーは微笑んでいた。


 一通りの挨拶を終えると、勧められるまま席につく。

 お茶の用意を持って部屋に入って来たのは、執事のバッハと侍女のモネ。

 同い年だったモネとは、セリーヌが騎士寮に移り屋敷を離れるまで主従ではなく友人のような関係を築いていた。

 経験を重ねてきたのか、あの頃とは違い落ち着いた所作で紅茶を淹れているモネが気になり、つい凝視してしまった私だった。





 宰相を補佐する文官の仕事をしているピーターは、他国の事情にも明るい人物だ。

 スーザンから見たグレイシア王国の印象やピーターが知るランベルト王国の話など、当たり障りのない世間話が途切れたところで、彼がおもむろに口を開いた。


「バンデラス殿は、グレイシア語が本当に堪能ですね。この国に御親族の方がいらっしゃるのでしょうか?」


「えっと、それは…」


 前世でこの国に住んでいたことがあり、家族もおります。そして、それはあなた方です…とは、もちろん口にできない。

 言い淀んだ私へ、ピーターはさらに言葉を続ける。


「本日こちらにお越しいただいたのは、他でもない、あなたと当家との関係をお伺いしたかったからです。先日、墓守には『遠縁の墓参りに来た』と仰ったそうですが、なぜ……そのような嘘を吐かれたのでしょうか?」


 真っすぐにスーザン()を見据えるピーターの紺眼は、鋭く光っていた。



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