番外編
この作品が多くの方の目に留まることができ、たくさんの応援をいただきました。
ありがとうございました。
感謝の気持ちをこめまして、番外編を一話追加しました。
その後の二人の様子と、実家へ帰省時のスーザンと家族のやり取りの話になります。
真夜中、スーザンは目を覚ました。
いつの間にかノアルヴァーナが帰宅していて、隣で規則正しい寝息を立てている。
以前は、ノアルヴァーナの帰りが遅いときもスーザンは寝ずに起きて待っていたのだが、最近体の具合があまりよくない彼女を心配した彼に「私を待たずに、早く休むように!」と厳命されていた。
今日も彼がよく眠っていることに安心したスーザンは、夫の寝顔を見つめる。
ノアルヴァーナと結婚をしてから、はや半年。
本当に夫婦になったのだなと、当たり前のことを改めて実感してしまう。
同じベッドで寝るようになってから、ノアルヴァーナが今でもたまにあの日の夢にうなされていることをスーザンは初めて知った。
二十年近く経った現在でも完全には癒されていない彼の心の傷に、スーザンは胸が痛くなったが、当の本人は「では、私がよく眠れるようにスーが協力してくれ」と嬉々とした表情で『スーザン抱き枕』宣言をしたのだ。
その効果は覿面のようで、本当によく眠れるのだと言う。しかし、今度はスーザンが少々寝不足気味になってしまった。
最近のスーザンの体調不良は自分のせいではないかと心配になったノアルヴァーナは、彼女に抱きつくのを我慢し、手を握り体をくっつけて寝るだけにしている。
どうやら、体の一部が触れているだけでも彼は安心できるらしい。
婚約を両親へ報告するために帰国したときも、馬車の中でずっとノアルヴァーナの膝の上に座らされていたことを思い出したスーザンは、その後に起こった実家での出来事を思い返していた。
◇
「スーザン、これはどういうことなんだ。私たちに、きちんと説明をしなさい!」
「わたくしも、びっくりしてしまって…」
数か月ぶりに実家に戻ったスーザンは、挨拶もそこそこに両親と姉夫婦に取り囲まれていた。
子爵である父のダニエルと、母のグレースは半ばパニック状態。
予想通りとはいえ、申し訳なさが募る。
「お父様、お母様、どうか落ち着いて。まずは、スーザンの話を聞きましょう」
スーザンの姉、三姉妹の長女であるエルジーは冷静だ。
婿を取り家督を継ぐ彼女は、真っすぐにスーザンを見据えた。
「最初に確認をしたいのだけど…」
鋭く光る自分と同じ赤紫色の瞳に、スーザンは思わず背筋を伸ばす。
「この婚約は…スーザンも望んでいるのよね?」
「は、はい。もちろんです!」
姉に対し、一度も使ったことのない丁寧な言葉遣いになってしまった。
「騙されていたり、無理やりというわけでもないのね?」
「それは、全くありません! 私もノヴァ様との結婚を望んでおります!!」
スーザンの受け答えに、鋭かったエルジーの瞳はすぐに穏やかになり、両親は明らかにホッとした表情を見せた。
「ほら、やっぱり心配はいらなかったわ。レンブル公爵様の使者はきちんとされていたし、今回はキャサリン殿下のお墨付きまであるのよ。まあ、なぜスーザンをこれほど気に入ってくださったのか、それだけは未だに謎だけどね…」
姉の歯に衣着せぬ物言いは昔から変わらないが、自分のことを心配してくれている気持ちは痛いほど伝わった。
「ノヴァ様は誠実な方です。一度会ってもらえば、わかります!」
「畏れ多くも、王弟であるレンブル公爵様を『ノヴァ様』呼びとは…」
ダニエルが頭を抱え、グレースが絶句している姿を見たスーザンは、慌てて言葉を続ける。
「ノアルヴァーナ様から、そのように呼んでほしいと言われました。お父様とお母様が心配されるお気持ちはわかりますが、私は大丈夫ですので!」
スーザンの堂々とした宣言に、両親は安堵の表情を見せるどころか、ますます悲愴な面持ちとなっている。
なぜだろう?と首をかしげるスーザンと、苦笑いを浮かべるエルジー。その隣に座り、静かに家族のやり取りを眺めていた姉の夫アーロンが、フフッと笑った。
「お義父さま、お義母さま。スーザンちゃんなら、心配いりませんよ」
姉より三つ年上で幼馴染でもあるアーロンは、スーザンを生まれたときから知っている、昔から家族同然の人物だ。
スーザンが騎士になりたいと言い出したときも、周囲が反対する中、一人だけその夢を応援してくれたアーロン。
現世では男兄弟のいないスーザンは、彼を本当の兄のように慕っていた。
「君の顔を見ていれば、わかるよ。もし、望まない・幸せになれない結婚を強制されていたら、すぐにわかるからね。だって、スーザンちゃんはすぐ顔に出るからさ…」
「アーロン義兄さん…」
アーロンの言葉に、隣でエルジーも大きく頷いている。
「私は心配だったのだ。レンブル公爵様は…失礼ながら、あの歳まで一度もご結婚をされていなかっただろう? だから…その…何か問題のある人物なのではないかと…」
父の懸念は、スーザンにも理解できた。
たしかに、事情を知らない人から見れば、そう思ってしまうのも無理はない。
生まれ変わりや前世の話ができない以上、スーザンはノアルヴァーナの人となりを、一生懸命皆へ語ることしかできないのだ。
◇
家族へひと通り話し終え、スーザンが渇いた喉を潤していると、エルジーが思い出したようにポンと手を打った。
「そうだ! スーザンに聞いてみたかったのよね…」
そう言って姉が取り出したのは、一枚の絵…ノアルヴァーナの姿絵だった。
「なんで姉さんが、こんなものを持っているの?」
「レンブル公爵様が、釣書と一緒に送ってくださったのよ」
エルジーから手渡され、スーザンはまじまじと姿絵を見つめる。
あの短期間にノアルヴァーナがいろいろなことをやっていたのだと、改めて驚いてしまった。
「それでね、レンブル公爵様って…本物も、こんな美丈夫なの?」
「…えっ? どういうこと?」
姉の質問の意図がわからず、スーザンは聞き返してしまった。
姿絵は縁談相手に自分の容姿を知らせるための物だから、本人に似ていなければ意味がないのでは? スーザンの素朴な疑問に、「そうでも、ないらしいのよ…」とエルジーが笑う。
「ミーラが言うには、姿絵は実物より良く描かれていることが多いのだそうよ。だから、レンブル公爵様はどうなんだろう?って…」
「ははは! ミーラ姉さんらしいわね…」
スーザンは思わず吹き出す。
ミーラはバンデラス家の次女…スーザンのもう一人の姉で、同じ子爵家に嫁いでいる。
彼女は昔から自他共に認める面食いなので、姿絵のノアルヴァーナを見て、本物がどうなのか非常に気になったのだろう。
「本物のノヴァ様はね……もっと素敵な方よ」
スーザンの惚気ともとれる発言に、エルジーは目を丸くし、アーロンは目を細めた。
「あのスーザンちゃんから、こんな言葉が聞けるなんて…本当に良い方と巡り会えたんだね」
スーザンへ優しい笑みを向けるアーロンの横で、エルジーが「ミーラへ報告しなければ…」と呟いている。
「でも、私にそんなことを聞かなくても、今度、自分たちの目で確かめてみればいいんじゃないの?」
「レンブル公爵様へご挨拶をするのは、お父様とお母様だけよ」
「そうなの? ノヴァ様は私の家族全員に挨拶したいって仰っていたから、エルジー姉さんもミーラ姉さんも、夫婦で招待されるはずだけど…」
実家に帰省しているスーザンとは違い、ノアルヴァーナは国賓として離宮に滞在している。
彼としては自らバンデラス家へ出向き挨拶をしたかったようだが、警備の関係もあり、スーザンの家族が離宮の晩餐会に招待されることが決まっていた。
「嘘…」
スーザンの話に、エルジーだけでなくアーロンまで青ざめたが、「晩餐会では、何が食べられるんだろうね?」と期待に胸を膨らませているスーザンは気づいていなかった。
「ねえ、スーザンちゃん…養父であるログエル伯爵様は、どんな方なの?」
これまで他人事だったアーロンは、自身も関係するとわかった途端、慌てて情報収集を始めたようだ。
目が血走り必死さが伝わってくる彼へ、スーザンはにっこりと微笑む。
「アーロン義兄さん、緊張しなくても大丈夫ですよ。ログエル伯爵様は、私にとってグレイシア王国での『兄』のような人だから…」
「ははは、『お兄さん』か…」
スーザンの発言をアーロンは笑って聞き流したが、ピクッと反応した人物がいた。
「はあ…養父様であるログエル伯爵様を、『兄』呼ばわりとは…」
疲れたような父の呟きは他の話し声にかき消され、母以外の耳に届くことはなかった。
◇
後日、一家総出で離宮を訪れたスーザンたち。
食事の前にノアルヴァーナが挨拶をし、両親も「不束な娘ですが、何卒よろしくお願いいたします」と何度も頭を下げていた。
その後、始まった晩餐会。
あれも美味しい。これも美味しいと食が進んでいるスーザン。
久しぶりに会えたスーザンを、にこにこしながら眺めているノアルヴァーナ。
そんなノアルヴァーナへ、「やっぱり本物の(元)王子様は、格が違うわね!」とキラキラしたまなざしを向けるミーラ。
ガチガチに緊張し、食事も満足に喉を通らない(ミーラ以外の)家族。
そんな家族を、同情的に見つめるピーター。
こうして、晩餐会の夜は更けていったのだった。
◇
ふふふ…と思い出し笑いをしたスーザンは、こちらを向いて眠っているノアルヴァーナの髪を、起こさないようにそっと撫でる。
「ノヴァ様、あなたは…父親になるのですよ」
心配性のノアルヴァーナに懇願され、仕事から帰ったあと医者に診てもらったスーザンは、懐妊していることを告げられた。
本当は早く伝えたかったのだが、起きて待っていると叱られてしまうため、報告は明日の朝になってしまった。
自身の年齢のこともあり早く子供が欲しいと言っていたノアルヴァーナは、男の子なら…女の子なら…と以前から楽しそうに名を考えていたのだ。
報告を聞いた彼は、どんな反応を示すのだろうか。
きっと喜んでくれるが、今以上に過保護になるんだろうな…とスーザンは予想している。
明日は二人とも仕事が休みなので、朝からのんびりと過ごすことができる。
夫の胸元に顔をうずめると、スーザンは再び目を閉じたのだった。
改めまして、ここまでご覧いただき、ありがとうございました。