幸せになってください!
散々泣いた私はようやく落ち着き、淹れ直してもらったお茶を一口飲んだ。
それから意を決し、口を開いた。
「ノヴァ殿下…いえ、レンブル団長へお願いがあります」
「…セリには、変わらず『ノヴァ』と呼んでもらいたい」
「かしこまりました。では、『ノヴァ様』と…」
「うん」
満足そうに頷くノヴァ様へ、私は腫れぼったい顔をキリっとさせて真面目な表情をつくる。
「ノヴァ様、どうか…幸せになってください!」
「………」
「ジョアン殿も、インザック殿も、マシュー殿も、ゼスター殿も…もちろん私セリーヌも、あなたが幸せになることを一番に望んでおります」
「しかし、私には幸せになる権利など…」
ノヴァ様は小さく呟く。
「皆の命と引き換えに助けてもらったこの命は、私個人の幸せのためではなく、生涯国のために…」
思い詰めたような表情をしたあと、ノヴァ様はそっと目を伏せた。
やはり、兄たちが言っていたように彼の決意は固く、揺るがないようだ。
「…ノヴァ様、誤解されては困ります。権利ではございませんよ」
「えっ?」
「あなたには、『幸せになる権利』ではなく『誰よりも、幸せにならなければいけない義務』がございます。そして、これは『義務』ですから、必ず果たしてもらわなければ…」
ノヴァ様は責任感が強い方ですから、大丈夫ですよね? そう言って私はにっこりと笑った。
「私だけが幸せになるのは到底許されないことだと思うが…それでも、セリは私に『幸せになれ』と言うのか?」
「もちろんです。幼い頃からずっと努力されて、騎士になって国を守るという夢を叶えられて、苦手だった魔法も上手にできるようになられて…」
「セリは…そんなことまで…覚えていて…」
ノヴァ様の顔が、ぐしゃりと歪む。
「先ほども、ノヴァ様は皆の気持ちを伝え、私を幸せな気持ちにさせてくださいました。そんな優しいあなたが幸せにならないのはおかしいですよね? ノヴァ様が、どうしてもご自身を許せないと仰るのであれば……」
私は大きく息を吸い込む。
「…私が代わりに許します! 何度でも許します!! だから……幸せになってください」
「私が幸せになることを…許してくれるのか…」
「はい。ノヴァ様を許せるのは、セリーヌの生まれ変わりである私だけですからね」
私は視線を逸らさず、彼の綺麗な瞳を真っすぐに見据えた。
「もし、幸せにならなかったら……絶対に許しません!!」
わざと厳めしい顔をして言い切った私を見て、ノヴァ様がフフッと笑った。
「ありがとう……セリ」
◇
いろいろあったけど、ノヴァ様も前向きになってくださったようで一安心。
ホッとした私は、美味しいお茶菓子をもぐもぐと食べていた。
そんな私を笑顔で眺めていたノヴァ様は、ライアンへ視線を向ける。
「ところで…ライアンはいつからセリだと知っていたのだ?」
「………だ、団長へ『バンデラス殿はランベルト王国の間者ではなく…セ、セリの遠縁の者だった』と報告したときです」
私と同じようにもぐもぐしていたライアンは、口に入っていたお菓子をお茶で一気に流し込んだ。
そんな食べ方をしたら、せっかくの美味しいお菓子がもったいないと思うのだけれど。
「どうして、そのときに私にも真実を教えてくれなかったのだ?」
「それは…いろいろと根回しをしてからと思いまして」
「根回し? なぜ、そんなものが必要なのだ?」
「ですから、はあ……」
ライアンが疲れたようにうなだれ、ガシガシと頭を搔きむしり始めた。
「…こうなることがわかっていたからですよ、団長。このことを知れば、あなたは性急に事を推し進めようとするでしょう? こんな風に、我々を強引に屋敷に連れ込んだりとかね…」
「………」
言葉も態度も砕けたライアンがジト目で見ると、ノヴァ様は気まずそうに目を逸らす。
騎士学校時代と変わらない二人の気が置けないやり取りに、思わず笑ってしまった。
「…セリ、何がそんなにおかしいのだ?」
「申し訳ございません。ノヴァ様がちっともお変わりないようで、つい嬉しくなりまして…」
「それは、褒め言葉なのか? 『まるで成長していない』と聞こえるのだが…」
拗ねたように唇を尖らせる仕草も、あの頃と変わっていない。
しかし、今度は笑うのを必死にこらえた。
「いいえ、ノヴァ様は騎士団長としてのお役目を立派に果たされています。そのお姿が拝見できましたので、私はもう思い残すことなく国へ帰ることができます」
「国へ…帰ってしまうのか?」
「今の私は、ランベルト王国のスーザン・バンデラスです。国には家族がおりますし、おそらく帰る頃には婚約者も…」
「…婚約者?」
ノヴァ様がピクッと反応した。
ライアンが「セリ、その話は…」と慌てふためいているが、彼はそれを無視して私へ綺麗な笑みを向ける。
「セリ、詳しい話を聞かせてほしい」
「だ、団…」
何か言いかけたライアンを再度黙殺し、ノヴァ様は私へ続きを促した。
「前世ではご心配いただきましたが、現世では私も結婚できそうですのでご安心ください。国を出る前に両親が見合い話を進めておりましたので、国へ戻る頃には婚約者が決まっているのではないかと」
「ほう…」
「ですから、ノヴァ様も婚約者を決められて、一日も早く国王陛下を安心…」
「…ライアン」
私の話を途中で遮り、ノヴァ様が普段よりも一段低い声で名を呼ぶと、彼はビクッと身を震わせた。
「は、はい!」
「根回しは…どこまで進んでいる?」
「…スーザンは、対外的にはランベルト王国在住の遠縁の者となっておりますが、宰相様へは私からすでに話を通しております」
「そうか。だから、メントン先生が見極めに…」
ライアンへ問いかけたはずなのに、なぜかピーターが神妙な顔で答えている。
そしてそれを、誰も疑問に思わない……私を除いて。
「セリは、あとどれくらいこちらに滞在する予定だ?」
「来週には、帰国するつもりです」
私の返答に、ノヴァ様が「あまり時間がないな…」と呟く。
「来週、一日だけ予定を空けてくれないだろうか? どうしても、セリと一緒に行きたい場所があるんだ」
「行きたい場所ですか?」
「約束していた、ブルーマロウの花畑を見に行こう」
前世では果たせなかった約束を、ノヴァ様は今果たそうとしてくれる。
その気持ちがとても嬉しかった。
「わかりました。楽しみにしております」
最後に、ノヴァ様と楽しい思い出が作れそうだ。
私は満面の笑みで大きく頷いたのだった。




