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新訳/ひめまおっ!?~さらわれたお姫様が魔王になって、世界を幸せにするために奮闘する物語~  作者: クグツ。(創作処かいらい工房)
第一章 氷の母国と親友を救おう!~黄金の円環、破壊の姫と剣の魔王「変わっていたのはわたくしも同じ。演じるのならば自由なるわたくしを」
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第一声「価値が、命の重さが異なります」

 しん、と静まり返る王宮。壁掛けの灯火は凍えてなりを潜めている。王宮魔術官が唱えた火の術技でさえも、北の果て、極寒の小国アイセンブルグの吹雪には勝らない。木窓は完全に閉じられている。閉じられた上に、柔革の断熱材をぎゅうぎゅうに詰められていた。隙間風のひとつも通り抜けることはできないだろう。暗い暗いこの日でさえなければ。

 窓口は厚く凍り付いて、床にまでそれは広がっていた。局所だけではく、王宮全体にまで及ぶ。

「父なるもの、母なる竜の巫女の伴侶たる聖龍フラウバルクリムよ。我が行いのすべてに祝福を」


 中央吹き抜けの大階段。凍結して久しい最上部の踊り場に寝かせた大楯に足をかけたままで聖印を掌内で弄ぶ。両側で束ねた長い三つ編みのリボンをきつく結んで、フードの中に押し込むと、大きく深呼吸をした。

「では行きますか!」口角を吊り上げて、厚いブーツが踊り場の床を蹴った。大楯の重心が大きく傾いた。階下へ針路を定めた瞬間に彼女・・は身を預けた。

騒音、轟音。削岩音に破砕音。響き渡る絶叫にして奇声、もしくは嬌声。  階段に沿って配置されたありとあらゆるものを薙ぎ払った。

けが人がただの一人も出なかったのは、聖龍フラウバルクリムへの祈りが届いたのかもしれない。







「いいですかルインネイス様! お立場と時期と御身の行動ともたらす結果を重々お考えくださいませ!」

 自室の天蓋付の寝台ベッドひたいまで潜り込みながらルインネイスはばあやの小言を聞かなくてもいいように唸り声を上げていた。枕の下に隠した手鏡でばあやを窺ってみるも、小言はなしが終わる気配はない。今回は相当にお冠なので彼女は諦めて仮眠を取ることにした。 「何かしらが倒れる騒音、金属が引き擦られる轟音! 王宮の改築工事か打ち壊しが始まったのかと肝が冷えました! けが人がただの一人も出なかったのは、聖龍フラウバルクリムへの祈りが届いたからに他なりません!」

ばあやの小言はなしを聞くのは面白くはないが、子守唄と捉えたならば最高の熟睡効果を発揮する。

「ルインネイス様、ルインネイス様! しっかとお聞きくださいませ!」

作り物めいた苦悶の声は、いつしか穏やかな寝息に変わる。










 アサンは、寝息を立てる主人に近づいて羽毛のシーツを正した。主人とは小国の第一王女のルインネイス。雪国特有の色素のない白い肌も銀の髪も暖炉の火を受けて赤みがかる。


侍女は自身の褐色の肌と主人の雪肌を無表情に見比べ、躊躇いがちに頬に触れる。きめが細かくて赤子のように柔らかい質感。ほんのりとした人肌に冷えた掌が心地よさを覚える。産まれて数えてから十五の年月。侍女の方がやや先に成人たるその年齢を迎えたが、王女も先日に成人の儀を終えたばかりだ。あかぎればかりの醜い黒い指が頬を離れると白い王女の掌をとり、指先を絡めて感触を確かめた。頬と何ら変わらない、傷一つない綺麗なものだ。


「この方は、ルインネイス様はこの国の王女殿下。わたしとは全然違う世界にある御方なのよ」消え入るように聴かせたのは侍女自身へだ。陶器じみた手を戻して踵を返すと、暖炉に薪を少し足す。パチリと火が跳ねるも、アサンは意に介さずぼうっと赤い熱を見下ろしていた。

お仕着せである侍女の正装。紺色の一枚着ワンピースの袖あたりを強く掴んだ。硬い感触を確かめつつも、表情は変わらず無い。しかし手は微かに震えを帯びていた。


王宮の廊下と違って、各居室部には寒さを避けるための術技が幾重にも施されてある。召使の寝所ならいざ知らず、王族のものともなれば尚更十全に。大きな暖炉からの熱が部屋全体に回りやすくなる工夫もしてあり、火と薪さえ絶やさなければ寒さに震えることなどない。


---やりなさいアサン。できるわ。絶対にできる! 成功しないはずがない。姫様はよくお眠りになっている。体温もいつもと同じ。数刻は目を覚まされないはず!--ー 


 拳を強く握り締めて、震えを押し殺そうと心で叫ぶ。唇を噛み、脳裏に故郷の家族を思い起こそうとも、震えが治まることはなかった。


---躊躇う理由なんてないの! この方が居なくても世界は回る! わたしの世界は好転するの! だからっ!---


 無表情が歪んでいることにも気付かない。お仕着せの白いエプロンが握られたせいで皺まみれになっていることにさえ、侍女は気付いていなかった。







「ずっと手を握っていてくれたのねアサン」ふわ~と大きな欠伸とともに鈴色の声音が耳に届くと、侍女はいつもの無表情で主人の体の具合を切り出した。


「う~ん、そうね」ウサギが跳ねるように寝台で立ち上がり、くるりと一回転。白銀の髪がふわり、飛び降りるとルインネイスはけらけらと笑った。

「痣とかはついてないみたい。お祈りはしとくものね。うん、流石はばあや肝入りの協会。効果は抜群ね!」王女は羽毛のガウンを脱ぎ捨てると、ドレスのスカートを摘み上げて、くるくるとステップを踏む。小柄だがすらりと伸びる脚部は交互に絨毯を掴み、力強く、しかし優雅に王女の身を振り回した。


「姫様、あれほどの事故後すぐに動かれるとお体に触ります」

逆立ちのまま、手の持ち替えで回転していた王女は身軽に跳ねて、再度寝台に薄い尻をつけ、胡坐をかいた。


「あれくらい大丈夫よ。わたくしへの痛痒はほぼないの。破邪の大楯が身代わりになってくれたわ。国宝なんて呼ばれて宝物庫に収められていたけど案外頑丈よね」

「ロイマー様がお怒りになるはずです。建国時代の宝物をソリにして1000段もの大階段を滑走されるなんて」

「とても面白かったし、貴重な経験だったわ。城中が凍りつくなんて陽隠れの今日を置いて他にはできないのだから。アサンも一緒にできればよかったのに」

脱ぎ捨てたガウンを羽織り、あっけらかんと王女は寝台を転がって見せた。


「まず間違いなくわたしでは聖龍フラウバルクリム様のもとに召されていたでしょうね」

「わたくしがいるから大丈夫よ! 聖龍なんかにアサンを渡す気はないから。だってアサンはわたくしの大切な友人なのですから」


 ちくり。侍女の胸奥が熱く痛むが、表情は無い。

「お戯れを。わたしはただの奉公人です。幼き日のご無礼な態度はどうかご容赦ください姫様。身分が違いすぎます」

「同じ人間じゃない」

侍女は主人に頭を振る。

「同じではありません。ルインネイス様はこのアイセンブルグが第一王女、わたしは遥か南の砂漠の集落に生まれた一粒。価値が、命の重さが異なります」


「むぅーーー」ぷくーと頬を膨らませた王女は寝台を飛び降りて、裸足のままで侍女を見上げる。 「昔のアサンはもっと素直だったのに!」

「あの頃のわたしはただ無知なだけの愚かな砂粒です」

「砂粒なんかじゃないわ! アサンはわたくしのただ一人の……」

「わたしはアイセンブルグのルインネイス様に仕える侍女の一人に過ぎません。姫様と違い、吹けば簡単に飛ぶような存在でございます」故にどうかお気に留めなされずとも結構です。


小柄な王女が憮然として覗き込むのを、アサンは目を閉じて見ないようにした。なんてことはない。感情に蓋をするのには慣れている。極寒の氷になれば、何も感じなくてよい。余計な感情を抱かなくて済むのだから。


「ふぁ!?」身を襲った衝撃と拘束に声が上がる。年相応の娘のものだ。

「ひ、姫様なにを?」

「見ればわかるでしょう? 抱きついているんです!」侍女の胸に顔をうずめ、両手は腰のあたりにまきつく。銀の髪からにおい立つ甘い香りが侍女の鉄面を解いていた。

「お、お止め下さい姫様。わたしのような下賤者に触れては姫様の御身が」

「わたくしの身がどうなるというのよ! 離したければ突き飛ばせばいいじゃない」

「できません。お願いですからお離れください! 姫様、ルインネイス様!」

「絶対にいや。絶対に離さないわ」

 侍女は体から力が抜け、へたり込んでしまうが、それでも王女は手を離そうとしなかった。

「姫様……」

「聞いていなかったの? 言ったでしょう。アサンはわたくしの大切な友人です。聖龍にだってなんにだって渡しはしないのだから」


 侍女は努めて心を氷で覆い隠した。

 現在で五年の歳月を過ごした、アイセンブルグ王国の吹雪のように。

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