第十四声「ちょっと待てよコーディニアス嬢」
「なんだよなんだよ! これはこれは最年少幹部のコーディニアス嬢じゃねーかい!」
魔女は明らかに表情を変える。嫌な相手と、一番合いたくない場所で顔を合わせたことに舌打ちをする。
「幹部会を追ん出されて野良小娘の給仕をした後は、下級兵相手の娼部屋で女漁りか。お前ぇ、同性愛者だったんだな? どうりでオレの誘いにも応じねぇと思ったぜ!」
大柄の男が悪意を隠しもせずに煽り立ててくる。全身を体毛に覆われ、顔つきは獣そのもの。ジェオンという獣の魔人。魔女と同じく魔王エンドレイの側近にして、国内でも有数の実力者だ。
魔女は幹部の男を眼中から外して先を急ぐが、明らかに道を遮られたことでその貌を睨み付ける。
「急ぎの用だ。邪魔をするなら容赦はしない」
「おお怖ぇー怖ぇー。今度は私室でいちゃつく気マンマンってか色情魔女よぉ! そんなに日照り続きならオレがいくらでも満足させてやろうかよ!?」
「話しかけるな汚らわしい! 耳を通して頭まで腐り落ちる。ただ噛みつくしか能のない獣風情が」
「魔王国始まって以来の天災魔女様は思いの外短気かしらぁ、ってか!」
声を上げて下品な笑い声を響かせる獣人。彼に付き従う部下の集団も鼻で笑いながら、魔女と夢魔を品定めるような視線を送る。
「貴様、今この場で消し炭になりたいか?」
「できんのかよ? オレをゴロニャンゴロニャンできるってか魔女が!?」
魔女は頭に血が上っている。怒りが思考を支配していることは理解できていた。こんな場所での私闘は勝敗如何に関わらず、彼女の得になることはない。それに至近距離での戦闘においては、相手が悪すぎる。瞬足の爪牙を持つ獣人ジェオンであれば、瞬きの間に魔女の喉を切り裂くことなど造作もない。高まる魔力を抑え込み、感情を制御する。
「お前に関わっている暇はわたしにはない。緊急の案件を片付けねばならない。どいてくれ」
「逃げんのかよ阿婆擦れ?」
「……なんとでも言え」魔女は夢魔の名を呼んで立ち去ろうとするが、獣人はいやらしく牙を剥いた。
「ちょっと待てよコーディニアス嬢」
「きゃ!」ジェオンの大腕部が夢魔の躰を掬い、軽々と持ち上げる。
「悪かったよ嬢。オレだって同じ幹部のお前とモメたいわけじゃねんだよ! ほら、ちょっと困らせたくなるって病気だよ! スッキリすりゃあ一発で治るってもんだぜ」
獣人幹部は「特別遊戯だ」と翼人に赤鉱石の塊を投げ捨てると鍵束を奪い、夢魔の奉仕部屋を開いた。計六人の部下も続く。
「まてジェオン! ロブエルはわたしの補佐として……」
「書類整理だのの手伝いなら他にも使える奴がいるだろう? よりにもよってロクに字の読み書きもできねぇ無能よりもな」
「くっ!」収めたはずの激情が再燃する。一度目は収まったが、二度目はない。魔女の感情など簡単に乱せるのだと言わんばかりに、獣人幹部は夢魔の身を弄って見せた。
後のことなど知ったことか、と魔女は右手に術式を起動させ始めた。
「ジェオン様、ダメ。早く、いつもみたいに可愛がってください!」
ロブエルが不意に雌の声音を以て、獣人幹部へ積極的に身を寄せ、跪いて甘え、乞い願う。豊満な胸を押し付けて、土まみれの靴に口付ける。
あまりの行動に、魔女は精神集中を解いて唖然としていた。
「イイところだったのによ。もう少しであの魔女の頭がドッカーンってなるとこだったんだぜ」この雌豚がと、獣人幹部は夢魔の長い髪を引っ掴んで持ち上げる。
「こいつはいつもよりもキッツイお仕置きが必要じゃね?」
「はいジェオン様! お仕置きください! あたしにジェオン様のお仕置きたくさんたくさん!」 どこか悦んでいるようにさえ見える夢魔の悲鳴に、魔女は血の気が引いていくのを感じていた。
「よーしよしよし! オレたち全員でたっぷりお仕置きな」
夢魔は躰を引き摺られながらも嬌声を上げて、最後に魔女へと笑いかけた。涙をにじませた、あどけない笑顔だった。
「ウィンダ、済み次第ロブエルを診療殿へ連れてきてくれ。頼む」
翼人は「必ず」と目元を拭った。
無力感に苛まれながら、魔女は冷淡な表情を張り付けて執務室へと向かう。足取りは鉛のそれだった。




