かつて人であったモノ
少女は幼くして、森に捨てられた。
そこがどこかも分からずに、けれど少女は『呪われた子』として、森の中に置き去りにされたのだ。
少女の両親は貴族であったが、同時に古い風習を信じる者でもあった。
――灰色の髪に、赤い瞳は呪いの子。
両親とはまるで違う髪質と、瞳の色は嫌われた。
赤子の時に捨てなかったのがせめてもの良心とでも言いたいのか。
それでも、少女はまだ五歳だ。
……けれど、愛情を受けずして育った少女に、恐怖はなかった。
むしろ、日々向けられる家族や使用人からの冷たい視線から解放され、ようやく自由になったのだ。
これから死ぬかもしれない……そういうことも、少女は理解している。
けれど、怯えることはなかった。
ガサガサと、近くから音が聞こえる。姿を現したのは、一匹の狼であった。
それほど大きくはないけれど、尖った牙や爪は、少女を殺すにはたやすいだろう。
「いいよ」
少女は、言葉の通じぬ狼にそう言い放つ。
――殺してもいいよ、という意味だ。
幼い少女が言うには、あまりに重すぎる言葉。
けれど、抵抗の意志を見せない少女は――狼にとって、ただの餌でしかない。
「ふむ、いいよとは面白いことを言う」
「っ!」
不意に聞こえてきた声。
狼は声に驚いたのか、慌てるように姿を消した。
……声に驚いたわけではない。
少女も声の方角を振り返ると、そこには『化物』がいた。
――顔があるのか分からない。角のような物が生えていて、人の形はしている。
けれど、体格は大人の男よりも圧倒的に大きい。
化物は、少女に視線を下した。
「いいよとは、どういう意味だ? 殺してもいいと、言ったのか?」
「うん」
「肯定か。ふむ、面白い。お前は、何だ?」
「あなたも、誰?」
化物の問いに対して、少女は問い返した。
化物は少女の方を見て――いや、見ているのかも分からないが、身体を揺らして反応する。
「私か? 私は『賢者』だったモノ。『人捨て人』というものだ。さて、そう言うお前は『世捨て人』か?」
「わたしは……捨てられ人?」
「捨てられ人?」
少女が首をかしげて言うのに対し、化物も首をかしげる。
しばしの沈黙の後――化物は大きな声で笑い出した。
「ハハハハハハハハハハハハッ、捨てられ人とは面白いことを言う。そうか、お前は捨てられたのか」
「うん」
「ところで、お前はわたしが怖くないのか?」
「怖くないよ」
「ほう、面白い。何故?」
「何故って……」
――話がまともにできる分、むしろ化物の方が良心的なのかもしれない。
少女はそう思ってしまったのだ。
「いい人そうだから」
だから、素直にそう答えた。
「いい人? 私が?」
「うん。違う?」
「私がこれからお前を殺すと言ってもか?」
「殺してくれるの?」
少女は淡々とした口調で答える――すると、化物はまた身体を揺らして笑う。
「ハハハハハハッ、殺してくれる、ときたか。やはり面白いな。お前は殺すに惜しい存在と見た。ところで、行くあてはあるのか?」
「ない。捨てられたから」
「そうだったな。では、捨てられたのならば、私が拾っても問題ない」
スッと化物が手を差し出す。
少女の手を握るのではなく――小さな少女を手で包むことができるほどの、大きな手だ。
白く長い指をしていて、掌は大きい。
「おじさんは、化物なの?」
「人を捨てたが故に、化物というのも正しいかもしれないな」
「そっか」
「お前もこうなりたいか?」
「化物になると、どうなるの?」
「さてな。こうなれるかはお前次第。あるいは私のようにはならないかもしれない」
「わたしにも、よく分からない」
「そうか、ならばそれでいい。一先ずは、ようこそ――『死の森』へ。歓迎するぞ、捨てられ人よ」
こうして、少女は化物に拾われて、共に生活することになった。
化物と共に暮らし、化物から技術を学び、化物から知識を得て――化物と一体化する。そうして、百年ほど経ったある日のことだ。
「こんなところで人と会うなんて思わなかった」
「……あなた、は?」
森の中で――ケガをした少女に出くわした。
真っ黒なローブに身を包んだ少女は、フードを脱ぎ去り答える。
「『人だったモノ』……『魔女』と名乗ることにしてる」
少女と化物は――一人の魔女となったのだ。
こういう雰囲気のお話好きっていう短編。




