レベル上げに向かう
ほとんど飲み終わったコーヒーのカップを机に置く。アクアはもう飲み干したらしく、店員がカップを回収して行った。
「そういや一つ疑問があるんだけどさ」
「ん? 何なに? お姉さんが答えてあげるよ?」
「……なんかイラっとした。このゲームって神に叛逆するって内容なんだよね? なのに神殿ってどうなのかなって」
「ああ、それねー。色々物議が交わされてるっぽいよ。多分、これからメインストーリー……正確にはグランドクエストが進めば分かると思うけど。現状は何かの伏線説、運営の設定ミス説、別の神信仰説が上がってる」
「なるほどね。じゃあ、グランドクエストってのを進めんのが一番か」
「でも、今はまだ分からないよー。私とっくに今解放されてるのは攻略したけど、神殿の話は出てこなかったから。レベル十五くらいあれば難なくクリアできるから、君も頑張りな」
十五か。まだ二だからかなり先になりそうだけど……そう言えば、次までどのくらいだろ。
右手を縦に振ってメニューを表示する。一番左のアイコン──恐らくプレイヤーを示すらしいPと書かれたアイコンを押す。すると、俺のプレイヤー情報が表示される。
そのうち、一番上の名前の横のレベルと経験値バーを確認する。経験値バーは五分の四が既に水色に染まっていた。下にはその詳細な数値が書かれていて、(1204/1500 合計2004)と書かれている。どうやら、次のレベルまで三百を切っているようだ。
その下にはステータスにスキル、熟練度、バトルアビリティとやらが表示されているが、今はそこには目を通さず何もないところをタップして全て閉じる。
「レベルアップまでどのくらい?」
「あと三百ってところかな。今日中に上げたいところだなあ」
「手伝ってあげようか?」
「……後ろからキルしない?」
「するわけないよ。私これでもこのゲームの中じゃランキング十七位だし、そもそも使う武器が違うからね。売ってお金にしてもいいけど、今は必要なアイテムは買い揃ってるから」
「なら、信用しようかな。それじゃあ、レベル上げのお手伝い、よろしくお願いします」
コーヒーを飲み干し立ち上がり、アクアへと手を伸ばす。彼女もその場に立ち、俺の手を握り返した。
♢
「レベル上げにいいのは、この辺りかな。敵のレベルは高いけど、倒せないほどじゃないし、私がいればそう簡単には負けないと思うよ」
場所は森の中だ。スタルトからフィールドに出ると、しばらく草原が続いていたが二十分ほどでこの森に着いた。
「確かに、さっき見かけて倒した虫もレベル八とかだったな。経験値も二十くらいくれたし、そんなに時間はかからなそう」
「……君まだレベル二なんだから、無茶しないでよ?」
「大丈夫。さっき攻撃と防御に五ずつ割り振ったから、多少は強くなってる。……おっ、あいつは……!」
俺の視線の先には、熊がのんびりと歩いていた。多分、フルムーンベアだろう。ならば、弱点は知っている。
「うおらあ! 腕振り上げろ熊公!」
「ちょ、待って!」
「ストラアーイク!」
熊へと近付き、俺は武技「ストライク」の構えをとる。俺の声に反応したか、熊公はこちらに向き腕を振り上げた。その瞬間、俺は地面を蹴った。そして、俺の剣は熊公の腹へと深々と刺さった。
「……なんかデカイネ」
俺は、頭からパックリと喰われた。
「黄色い魔法少女みたいに食われてんじゃなーい!」
五秒後、熊公は光となって消滅した。熊公の歯が突き立っていた首から赤い光が散り、HPが四割近く減少する。
「うおお……俺がやった時よりなんかデカかったぞ、あの熊公」
「無理な突進しないでよ、死んじゃうよ!」
「だって、フルベアってあの満月に剣刺しときゃ動き止まるんだもん。そのまま倒そうと思ったんだよ」
「確かにそうだけど……まあ、私の説明不足だったかな。モンスターにはね、ヌシがいるの」
「ヌシっつうと、群れのリーダー的な?」
「正式な名称がないからそう呼んでるだけなんだけどね……そのヌシは、他の個体と比べてレベルもデカさも違うの。さっきのフルベアはそのヌシ個体だったってこと。経験値も多いはずだよ」
「普通のフルベアが分かんないから比較できないけど……おお、百も入ってる!」
レベルアップまで一気に進んだ。
「ソロで倒してたら二百入ることになるよ。パーティ組んでると、倒す効率は良くなるけど経験値は等分割されて振り分けられるからね。ドロップやお金は、ダメージ量やラストアタックで変わってくるけど」
「へえ。何かいいもの落ちたの?」
「ううん、今回は外れ。でも、お金は結構入ったよ」
正面のウインドウを消滅させる。いつの間にやら熊公に喰われて出来たダメージエフェクトは消えていた。
「はい、回復ポーション。ちょっと時間かかるけど、回復させといて」
「お、ありがと」
受け取ったのは、緑の液体が入った一本の瓶だった。蓋のコルクを抜くと、薬草のような臭いがした。ちょっと躊躇いながら口に運び、一気に飲み干す。すると、口の中にスポドリのような味が広がった。
「……匂いは嫌だけど、味は意外といけるね」
数秒すると、瓶は光を散らして消滅した。
「さて。一つ上げたら終わりにする? それとも、もう一つ上げる?」
「んー……今日は一つでいいかな。明日三つくらい上げようと思ってる」
「序盤はすぐ上がるからいいよねえ……私もう二十越えてるけど、全然上がらないの。ボス周回してやっと一つ上がるくらい。早く新しいフィールド解放されないものか」
「レベル二までに必要な経験値ってどのくらいなの?」
「最初は六百。そこから二点五倍ずつ必要経験値が増えていくの。万に入っちゃったら、泣きたくなるね」
「ふぅん」
「「……っ!」」
その時、背後でガサッと草が揺れる音がした。二人揃って武器を構える。
「これはこれはアクアさん。新人プレイヤーのアイテム狙いですか?」
「……誰だっけ?」
姿を見せたのは、恐らくサラマンダーのプレイヤーだ。赤い髪に赤黒い鎧を着込んだ、腰に刺さった大剣から見るに片手剣か両手剣使い。
「忘れるとはお酷いですね。二週間前、あなたにキルされたジュルスですよ」
「……ああ、そんなのもいたっけ。あの頃はちょっと色々あってイライラしてたの。巻き込んじゃってごめんね」
「……ごめんで済ますわけには行きませんよ。デスペナのお陰で、やっと百に届いた両手剣スキルの熟練度が、六十まで落ちたんですから」
「……デスペナ?」
「デスペナルティ。死ぬことで、主武器の熟練度が下がるの」
「へぇ」
「さあて。今回は私一人ではありません。あなたにキルされたというプレイヤーを三人集めてきました……初心者を守りながら、戦えますか?」
「……ち。めんどくさいなあ。サージェル君、下がってて」
手でも下がれと指示してくる。しかし、俺は下がらない。寧ろ、アクアの横に立った。
「何してるの、死ぬよ!」
「いいよ、死んでも。プレイヤーとの戦いなんて面白そうじゃん。ゲームは、楽しんでこそだろ!」
「……バカだなあ。分かった。死んでも恨まないでね!」
「おう!」
俺は剣を正面に構える。アクアは右手に持っていた短剣をしまい、左手で魔法杖を取り出した。そして、何かを唱える。
「《アーマード》! 攻撃と防御上げといた。これで多少は戦えると思う!」
そりゃ助かる、と返事をしておく。確かに、HPゲージの横に腕と盾のアイコンが表示されていた。アクアにも同じものが表示されている。
アクアは魔法杖をしまい、再び短剣を手に持つ。どうやら、アクアの主武器は二つあるようだ。
「さて。こちらはレベル十を越えたプレイヤー四人。そちらはニュービーとランカー二人。どちらが強いでしょうかねえ? ……さま、やりますよ!」
後ろから姿を見せた、三人が「おう!」と返事をする。全員サラマンダーのようで、赤い鎧や赤黒い鎧を着込んでいた。武器はそれぞれ、先頭の両手剣、右後ろの片手剣、左後ろの槍、一番後ろの弓矢のようだ。バランスが取れているのだろう。ゲームはこれが初めてだから分からないが、前衛の剣使いを槍使いが援護し、弓矢使いが後ろから後方支援をする。多分、バランスが取れている。
「とりあえず、死なないように気を付けて! 私一人になると、ちょっとキツいかもだから!」
「了解!」
俺とアクアは同時に腰を落とす。そして、アクアが駆け出したのを確認し、俺はアクアの狙っていない片手剣使いへと向かう。
「ニュービーに負けるかよっ!」
上から武技が降りかかって来る。どうやら、随分と舐められているらしい。
俺は右へと跳び、武技を躱す。片手剣使いは舌打ちをして、技後硬直の間視線だけを俺に向ける。
技後硬直が終わったのか、男は俺へと飛び掛かってきた。俺は敢えて、男へと走り込み、肩からタックルを仕掛ける。
「どりゃあ!」
「ぬおっ」
男は二歩ほど退き、バランスを立て直している。俺はその隙にストライクを発動させ、男の左胸、心臓の位置へと突き刺した。
「ぐっ!」
男のHPが一割程度減る。やはり、レベル差と武器の差だろうか。あまり芳しくない。剣を抜いて男から距離を取る。
「……ニュービーかと思えば、まさかタックルとはな。本気で殺してやるよ!」
男は武技を使わず、通常攻撃を畳み掛けてきた。俺はなんとかその乱撃を弾いていく。上段からの振り下ろしをなんとか左に跳んで躱し、こちらから攻撃を仕掛ける。しかし、まあ予想通りだが簡単に防がれた。ダメージを負っていないのはラッキーだろう。
槍使いと弓矢使いは俺のことなど眼中にないようで、両手剣使いと共にアクアを狙っている。アクアは上手いこと立ち回っているようで、槍使いと弓矢使いとの間に上手いこと両手剣使いを挟ませて、攻撃できないように仕向けている。
向こうはアクアが何とかしてくれると願い、俺は片手剣使いと睨み合う。
「そんじゃま、トドメさしてやるか」
男は、俺の使ったことのない武技の構えをとった。
対人戦です。サージェル君、勝てるのでしょうか。