師匠の学生時代
「ふぅ……」
特訓に一段落ついた俺は、特訓場所のすぐそばにある木にもたれかかって座った。
二日前の五月二十七日に中間テストを終えた俺は、テストの間休んでいたゲームを再開し、師匠の特訓も受けていた。今はその休憩中だ。
「テストはどうだった?」
HPポーションを投げ渡しながら、師匠が尋ねてくる。師匠との特訓は実剣は使っていない。だが、木剣でもSTRの高いであろう師匠の攻撃を喰らえば、ダメージが多少なり通るのだ。現在、特訓開始から二時間ぶっ通しでやっていたが、HPは二割がた減少している。ただ、テスト前では二時間通していれば五割減っていたのだから、大幅な成長なのだろう。
と、いうのも、木曜日にテストのために学校に登校した際、俺はあることに気付いた。
それは、視線を感じ取れるようになっていたのだ。もちろん、目に視線が線になって見えるようになった、などという異次元めいた能力が手に入ったわけではない。だが、なんとなくどこから俺に視線が向いているか、分かるようになった。
これは、師匠との特訓の成果だと思う。視界を塞いで剣を受ける──つまり、なんらかの形で気配や位置を探ろうとする訳だ。どうやら俺は、他の人よりも敏感な首より上の触覚を駆使して、視線がわかるようになったらしい。
学校に行くと、車椅子に座っている上に普段登校していない俺は、大半の生徒の注目の的になる。だが、その最中で視線の向き具合に差が生じていることに気付いたのだ。更に、時間が経てば俺に向く視線の数は減少する。その中でも、俺に向く視線を感じ取れた。
そこから、このスキルを身につけることができた、と判断した。現に、師匠との特訓での防御成功率もテスト前よりも大幅に上がっている。と言っても、まだ三割躱せて二割防御できてる、という現状だが。
と、まあ、回想はこの辺りにして師匠の質問に答える。
「手応えがあるのは物理ですかね。ワークでは応用問題があったので警戒してたんですが、基礎ばっかりだったので。あと、現代文もそれなりに」
「君、結構幅広く勉強できるタイプ?」
「いや、そういう訳でも。むしろ、幅広く勉強できないタイプでしたよ、昔は。ただ、中学でちょっと頑張ったので、今ではそれなりに。新しい知識を貯め込むこと自体は結構好きなので。勉強は嫌いですけど」
「あれか。勉強は勉学で強くなる、ではなくて勉学を強いる、と捉えるタイプか」
「それです」
まさにその通りだった。
「まあ、学校で習うことは知っておいて損はないからね。使わないかもしれないけど、何かの形で役立つ知識だってあるものさ」
「古典とか全然使い道分からないですけどね」
「そうだろうか。明治時代の文献や本を読もうと思えば、古い言葉遣いも必要になってくるかもよ」
「ならもう最初っから文献で教えてくれたらいいのに。平安時代とかのよく分からん恋愛事情とか聞かされても、ちっとも面白くないし」
「まあそう言うな。そう思ってるのは君だけじゃないしね」
「……師匠の高校時代って、どんな感じだったんですか? やっぱ、ギャルってたりしてたんですか?」
「なんか聞き覚えのありそうでない動詞が出てきたね」
横に立つ師匠を下から見上げる。フードの下に隠れた鈍色の瞳が、虚空を見つめていた。高校時代を懐かしんでいるのか、それとも他の理由か……俺には分からなかった。
しばらく沈黙が続いたかと思うと、師匠がフッと息を短く吐いて、俺の質問に答えた。
「勉強三昧だったよ、当時は。いや、昔から、かな。友人はただ一人だけだった。恋愛の一つもしない、ほんともう真面目っ子だったよ。帰り際に買い食いしたりゲーセンに寄ったのなんて、片手で数え切れるくらいさ」
「意外です。もっとこう、ゲーム三昧とか遊びまくってたのかと。VR開発するくらいですし」
「むしろ、VRの開発のために勉強三昧だったと言っても過言じゃないな。でも、その夢を追い求めたお陰で、こうして開発できたし自分で遊ぶこともできる……後悔はしてないつもりだよ」
師匠は追い求める夢のために、高校生活という一番華やかであろう時間を勉強に費やした──世に蔓延る常人は、そう捉えるのだろう。でも、師匠にとってはそれが最優先事項で、何よりも、恋愛や遊びなんかよりも大事なことだったのだろう。
こうやって何かに没頭できることのある高校生が、どれくらいいるのだろうか。そして、その没頭したことで夢を叶えた者がどれだけいることか。
俺は──
「……カッコいいな、そういうの」
そう思った。
「俺、絶賛高校生活無駄遣い中なので、そうやって夢を追いかけるために高校生活を活用できるのって、凄いカッコいいと思います」
「そう言ってもらえるのなら、俺の高校生活も意味を見出せそうだ……まあ、世間一般の意見に流されるのが嫌だった、っていうのもあるんだけどね。高校は華やかに、なんて考え方を嫌がって勉強ばかりしていたところがあるから」
「ああ、なんか分かるなあ。その、世間と逆行したいって気持ち。普通ていたくないっていうか、なんか中二病拗らせてるみたいですけど」
俺も、たまに思うことがある。俺は体が動かないのだから誰かの邪魔にならないようにしなきゃいけない、などという世間の見方から反してしまいたいと思うことが。でも、実際俺自身迷惑をかけたい訳ではない。だから、なるべく多くの人に迷惑がかからないように立ち回っている……
ああ、もしかしたら、それで視線を気にしていたから、このスキルが身に付いたのかもしれない。悉く俺のもつ常人を超えたスキルは、悲しい経緯で手に入るものだ。
「君も、高校に通うことが高校生活ではないから。君の高校生活を見つけ出して、それを貫き通すといい。誰かに非難されても、そんなの無視をすればいいさ」
「分かりました。まあ、高校自体は別に嫌じゃないんですけどね……いや、勉強は嫌ですけど。問題があって通えないだけで」
流石にこれ以上はプライベートに関わり過ぎているためにはぐらかした。師匠ならなんとなく察してしまいそうだが。
「そうかい。──にしても、急成長だね。昨日今日とどんどん俺の攻撃を防げているじゃないか。何か特殊スキルでも覚醒したのかい?」
「え、んー……」
師匠の質問に答えるべきか僅かに迷った。これでもし教えて、師匠が目を閉じて攻撃するようになってしまえば、視線を感じ取っていると思われる俺にはどうにもできなくなるだろう。
「秘密です」
その危険を考慮して、俺はそう答えた。
「そうかい。さて、再開するか?」
「よし! 次は三割防いで見せる!」
「有言実行がいつになるか、楽しみにしているよ」
俺は、脚を振り下ろす勢いを利用して立ち上がった。
最近以前書いてて中断していた「ハイスペック転生」の続きを書き始めました。よろしければ、そちらもよろしくお願いします




