二刀流
「試しに二刀流でやってみたい?」
休憩の最中、木に登って周囲を眺めていた師匠にサージェルがそう提案した。
「はい。一本だけじゃ反応できなくて……なんで、対応の幅が広がるように、二刀流で試してみたいなって」
「更に近付くよ、某黒い人に」
「そうですけど……とりあえず、一回やらせてもらえませんか?」
特訓を始めてから三時間、休憩を挟みながら続けたが、サージェルは師匠の木刀を受け止める回数はやはり多くはなかった。躱す回数は、集中力が保てているうちは増えているのだが。
しかし、サージェルのこの提案は別の意味合いも孕んでいた。それは、サージェルがチュートリアルで獲得したユニークアイテム「天地創造の剣」のユニークスキル、「分裂」の練習だ。
この「分裂」というユニークスキルの効果は二つあり、一つは文字通り剣が二つに分裂するのだ。そしてもう一つの効果──それが、「二刀流スキル」の付与だ。
サージェル自身は、本来ならば右利きなのだが、現実で手を使う機会が少ないため、今となっては──しばらくの練習を要したが──両利きと言っても過言ではないレベルまで、左手も自在に操れるようになっていた。まあ、ゲームの中のみの話だが。
そして、実際に「天地創造の剣」を装備することはできないが、初期の剣を二本用いてこっそり練習なんかもしていた。だから、今となっては左右で違う動きをすることも、それなりにできるようになっている。二刀流のキャラが出てくるアニメもいくつか見たので、イメトレも完璧だ。……時間がそんなになかったので、数本だが。
「まあ、断る理由もないし、いいよ。ほれ」
師匠はさっきまで使っていた木刀をサージェルに渡し、自分はストレージから同じものをもう一本取り出した。
「何本持ってるんすか、その攻撃力のほとんどない木刀を……」
「特訓用二本と、予備三本。合計五本だね。いる?」
「いやいりませんけど」
ゲームの中では銃刀法違反なんてこともないし、素振りも実際に使う剣を使うので、サージェルは師匠の恐らく断られる前提の提案を却下した。
「知ってた。……さて、休憩もそろそろに、君の言い出した二刀流がどんなものか、試してみるとしよう」
「うっす」
師匠は木から降り、サージェルはそこから五メートルほど離れて立つ。ハチマキにしていた目隠しの布を下ろして視界を塞ぎ、左の木刀を前に右の木刀を少し下げて構える。
瞬間的に集中状態に入ったサージェルは、耳を澄まし感覚を研ぎ澄ませる。仮想の風が髪を揺らす。
昨日アクアと向かったブリクの北側に対して、西側のこの辺りでは草がほとんど生えていない。すぐそばにあるあの木も、その木の形質ゆえにここに自生できている。風が揺らすものは数少なく、サージェルの髪や服、師匠の服、そして木の葉だけだ。
それはつまり、サージェルの聞き取る音の邪魔が少ないとも言える。
直後、いくつかの音が連続してこの静かな平原で響いた。
師匠が地面を蹴るざっという音、サージェルに向けて振り下ろされる木刀が風を切るヒョウという音、ここまでは今まで何度も繰り返された音だ。そしてこの後に続く音は、これまでならサージェルが躱してそのまま風を切る音か、サージェルに当たってズガッという音の二択が多かった。
しかし、今回は違った。サージェルの左手の木刀が、師匠の振り下ろした木刀をしっかりと受け止めていた。即ち、響いた音はカーンという、堅い木材どうしがぶつかって鳴り響く、清々しい音だった。
サージェルに攻撃を止められた師匠は一度距離を取って、今度は畳み掛けるように連続で木刀を振った。それはものの見事にサージェルの防御の難しいところを狙っていた──その攻撃は、一つもサージェルに当たっていなかった。
サージェルの表情は、目が見えていなくても必死なものだと伺える。師匠の攻撃を躱し弾くため、全神経をフル稼働しているのだろう。
そして、たった一度、師匠の木刀を大きく弾いてできた隙を、サージェルは見逃さなかった。
突き出される木刀。師匠は即座に判断し、敢えてサージェルの胸元へと入り込み、左手でサージェルの今にも師匠へと木刀を突き刺さんとする左手首を掴む。腰を深く落とし、左手一本の力でサージェルを背負い投げた。
「うわっばら!」
サージェルは唐突の浮遊感と受け身も取れていない落下の刺激に、奇妙な声を上げた。立ち上がった彼のお尻は、ダメージエフェクトで猿のように赤く染まっていた。
「体術入れるとか予想外ですよ師匠ー……」
「すまない、まさか攻撃を喰らいそうになるとは思わなくて」
「お、なんですか。つまり俺がもうちょいで師匠に攻撃を当てられたと? 体術禁止だったら、俺は師匠にダメージを与えられていたと?」
「いやはや、二刀流がどんなものか見たくて手を抜いたのが失敗だったか」
「手ぇ抜いてたんかい!」
サージェルが目隠ししたまま勢いの良いツッコミを入れる。声の位置から場所を探っているのか、ツッコミを入れる方向はちゃんと師匠へ向いていた。
実際、師匠はサージェルとの特訓で本気は一度も出していない。しかし、本気は出していなくとも、真剣には取り組んでいる。少なくとも、サージェルに余裕を持って勝てる程度に真剣に取り組んでいた。
──これは、ちょっと本腰入れた方がいいかもしれないな。予想以上の反応速度だ
師匠は心の中で呟いた。
サージェルがその辺のプレイヤーよりも才能があり、どういうわけか五感も予想以上に鋭いことは既に把握している。その天賦の才を引き伸ばすためにこの特訓をしていたが、師匠が想定していた以上の成長を見せている。
「じゃあ、続きをしようか」
師匠は、あくまで声の調子を変えずに言った。サージェルが二本の木刀をさっきと同じように構えたのを見て、師匠も僅かに腰を落とした。
師匠が地面を蹴った。
「ぐおっ……!」
サージェルが唸った。師匠の木刀は、サージェルの腹部に深々とめり込んでいた。
次の瞬間には、師匠の木刀はサージェルの後頭部を強く弾く。かと思えば、サージェルの脛を強く打つ。
脛を打たれて右膝を着いたサージェルは、さすがにまずいと感じたのか前方へと跳んだ。
起き上がり体勢を整えようとした瞬間、背中に強い衝撃が加わる。そして、数秒とかからないうちに体の至る所を十数、ことによっては数十回攻撃を受けた。サージェルのアバターの至る所で、細長いダメージエフェクトが煌めいた。
サージェルのHPゲージは、ほぼ攻撃力の加算はない木刀の攻撃だけで、四割削られていた。
レックスが人間離れした動きをする、とか書いたけど、師匠も他人事じゃないよね……




