ドレインソード
「その剣集めといてくれ!」
「え、あ、了解!」
俺は地面を強く蹴り、ミサイルもかくやと言うほどの速度で飛び出した。
体術スキル獲得の際のクエスト同様、ここは木の生い茂る森の中。つまり、俺にとってはもう庭も同然だ。木の位置を瞬間に把握し、木を使い加速や方向転換もできる。
ネズミが逃げて一秒と経たずに追いかけ始めたため、距離はほぼ空いていない。俺は木の幹を蹴って方向転換し、ネズミの尻尾を踏み付けて逃げるのを封じた。
「武器は返してもらうぞ、ネズミめ。ついでに喰らえ!」
俺は地面にすっ転んでいるネズミ向けて、正拳突きの体術武技「打突」を発動させた。こいつはどうやらニンブルキャットと同じく、すばしこさが取り柄なようで簡単にHPは全損した。
「ふぅ。なんとかメインウェポンは取り返せたな……お? なんだこの武器。星四装備だ」
ネズミを倒した経験値とレス、そしてドロップ品を確認していたところ、そこに「ドレインソード・星四」という装備があった。
「ふむ……この武器で与えたダメージの三パーセントHPを回復……なるほど。百与えたら三回復するのか」
武器の効果を確認してみたが、正直イマイチ強いのか分からなかった。そのため、俺は一度アクアの下に戻ることにした。
「おーい」
「あ、おかえり。回収できた?」
「おう」
腰の鞘に収まった剣の柄を握り揺すって、回収できたことを示す。俺がサラマンダーを倒すために出した剣をさもその辺に落ちてる薪を回収するかのように集めたアクアの下に近付く。
「ちょうど集め終わったところ。あれからネズミは来てないし、全部あると思うよ」
「ありがと」
「そのまま持っといて」と言って一本ずつストレージに仕舞おうとすると、アクアがちょっと待ってと止めた。何事かと思ってアクアに視線を向けると、
「アイテムタップした時に、自分の保持アイテムだと右上にピンマークがあるでしょ? ほらあのー、テストで間違いを示すピンマーク」
「ん? ……確かに、グレーのがあるな」
一番上の剣をタップして確認すると、アクアの言う通り現れたウインドウの右上にグレーのピンマークがあった。
「それタップしてみて。水色になったら、他の武器も同じようにして」
「ふむふむ」
言われた通りにピンマークをタップすると、なるほど青くなる。別の武器をタップするとさっきのウインドウは消滅し、タップした武器のウインドウが現れる。そして、また右上にグレーの同じものがある。タップする。
同じことを繰り返し全ての剣のピンマークを青にし終えた。
「じゃあ、ウインドウの収納ってアイコン押してみて。一括回収する武器の一覧が出てくると思う」
最後の剣のウインドウの右下の「装備」「収納」「破棄」のうちの収納ボタンを押す。すると、アクアが言った通りにこれまでにピンマークを青にした武器の一覧が表示され、最後に丸アイコンを押すと、アクアの持っていたものと下の方の剣をタップするために降ろした剣全てが消滅した。
「へぇ。一括収納ってこうするんだ」
「ちょっと手間だけどね。そういや、何かいいものドロップした? あのネズミ、色んなプレイヤーからアイテム奪うから、たまにレアなのがドロップするんだ」
「ああ、そうそう。この『ドレインソード』ってのが手に入ったんだけど。これって強いの?」
ストレージから件の剣を取り出す。が、あまりの重さに柄を持ったまま剣先を地面へとめりこませた。どうやら、装備容量がオーバーしているらしい。そりゃ、限界まで他の装備で埋まってるのだから当然か。
剣の鍔の中心に黄緑の四つ星があしらわれている。他の装飾はほとんどないので、ぱっと見は初期の剣よりも刀身が長いくらいの特徴しかない。
「おお、初心者でそれを手に入れるか……」
アクアの反応に戸惑う。まさか、初心者には似合わないから寄越せ、なんて言われないだろうか……? いや、アクアはそんなこと言わないと思うが。
「その剣はね、巷では吸血鬼シリーズって呼ばれてる武器の一つなの。一層……今いるとこのフィールドボスの一体からドロップするんだけど、攻撃でダメージを与えながら回復できる優れものなの。STRの上昇はあまりないけど、回復しながら戦える分持久戦にはもってこいだよ」
「ふむ……じゃあ、今からはこれを使おうか。シリーズってことは他にもあるの?」
「一応、ドレイン系は全武器種あるよ。あと、初期ガチャで手に入れたって人がいるんだけど、カーミラ系って言うのもあるらしいよ。確か、ランキング八位くらいの人が持ってたと思う」
「なるほどなあ。特訓のおかげでだいぶ攻撃も躱せるようになってきたし、この武器はちょうどいいかも」
装備している今までのメインウェポンをストレージにしまい、このドレインソードを装備する……しかし、どうやらまだ装備容量が足りないようだった。
「……脱ぐか?」
「いや、他の装備外しなよ! ほら、指輪とか外せばいけるんじゃない⁉︎」
アクアは頬を赤らめて、早口で捲し立てるように俺に提案してきた。ウブな一面に吹き出しながら、俺は言われた通り右手の中指に装備していたSTR+6の指輪を外した。すると、どうやらこれで容量内に収まったらしく、剣は少し重い程度になった。
「……この急に軽くなるの、やっぱ慣れないなあ」
「しょうがないよ、ここは数値で一気に変わる世界なんだから。慣れるしかないない」
「いって」
笑ったお返しとばかりに、アクアは強く俺の背中を叩いた。ただ、この世界に痛みはなくHPも減っていないので、何の仕返しにもなってないが。反射的に痛いと言ってしまったが。
その時、右前方で物音がした。風で揺れる木の葉が擦れる音とは違い、何かに大きく揺らされた音だった。つまり、モンスターかプレイヤーが近くにいる。
「……武器も新調したことだし、試し斬りと行きますか!」
「ちょ、どこ行くの!」
「音がしたからちょっと斬ってくる!」
「……なんかもう、サージェルってこの世界に染まってるね」
アクアの呟きは俺には聞こえず、ターザンもかくやという俺の森内高速移動により、ものの十秒で音源を見つけ出した。
さっきの音はどうやら、目の前にいる猿のモンスターが発したもののようだ。正確には猿のモンスターが動いたことで揺れた木の葉が擦れて鳴った音。
黒に近い焦げ茶の毛皮には、虎の逆のように黄色のラインが入っている。猿は木に生っている木の実を食べているようで、今は枝の上で動きを止めていた。
──音を立てたら気付かれて逃げられるか。じゃあ……
俺はストレージから初期剣を取り出し、猿のいる左側の木を目掛けて、その剣を投げた。木はどうやら破壊不能なようで剣は弾かれたが、その際にカーン! と甲高い音が森の中に響いた。その音に驚いた猿は音の反対側──右側へと逃げ始めた。しかし、それは俺の目的通りで、その時には既に俺は右側へと跳んでいた。
空中で斜め切り武技「スラント」を発動させ、タイミングを合わせて猿が目の前に来た瞬間武技を放った。
猿の右脇腹を捉えた剣を振り抜く。その猿はギキャア! と甲高い声を上げて地面へと落ちて行った。つまり、まだ倒せていなかった。
「くそ、逃すか!」
木の幹を蹴って猿目掛けて飛び込む。しかし、剣は猿を掠めただけでトドメには至らなかった。
ただ、この猿はどうやら俺と戦うつもりらしく、剣を避けた後に俺目掛けて鋭い爪を振り下ろす。ガードしようとするも剣を振り切った勢いが抜け切らず、俺は右腕でその攻撃を受けた。僅かに掠っただけで、HPは12削られた。
ここで焦れば、この小さなダメージが蓄積してやられる可能性がある。戦いの最中に焦ることの危険度は、アニメ好きな俺は十分理解していた。それに、師匠との特訓の中でも落ち着いていることは大切だと何度も言われた。
猿は次は突進をするつもりらしく、俺から少し離れた位置で溜め行動を取っている。恐らく、あと一秒もなく攻撃が来る。ただ、突進攻撃は逆に、俺にとってのチャンスでもあった。
「キキャー!」
「せや!」
猿が俺目掛けて地面を蹴った瞬間、俺は猿目掛けて右へと抜き切る水平斬りを放った。
猿のHPは最初の攻撃と落下で既に半分削れている……が、俺のスキルを使わない攻撃では、恐らく削り切れない。
しかし、剣が猿を斬った瞬間、猿は光となって消滅した。
原理は簡単だ。何も、ダメージ量がSTRと武器にだけ左右されるわけではない。剣を振る速度や敵がこちらに向かう速度にも左右される。つまり、猿の突進を利用してダメージ量を加算した結果、俺はスキルを使わない攻撃で猿のHPを削り切ったのだ。
「よし……お、ダメージ回復してる」
猿の攻撃で減少していたHPが、先程トドメをさした攻撃で全回復していた。ダメージ量の三パーセントと多くはないが、確かに回復できるというだけで余裕ができる。
「よーし。ガンガン斬るぞー!」
久々になります
現在loglessにキャラデザを進めてもらっていて、既に影斗、希、羽暮、師匠のキャラデザは完了してるみたいです。夏休みに入ったので、遠くないうちに最初の挿絵も描けたらいいなあ……と呟いていました




