体術スキルの出番
「……これ、どうすんだ……?」
俺は今、NlOの街の一つ「ブリク」のとあるカフェにて、目の前に映し出された数学の問題を解いていた。
時刻は六時を少し過ぎ、既に夕食は済ませてある。テストに向けた勉強をしながら、この後付き合ってもらうアクアを待っているのだ。待ち合わせはこのカフェだとメッセージを送っておいたので、多分大丈夫だ。
応用問題に悩むこと五分、背後から足音が聞こえてきた。足音は徐々に俺の方に近付いてきて、俺の背後で止まった。横目で誰か確認して、見覚えのある装備にその人物がアクアだと認識した。
「この問題はね、xの係数を掛けるとマイナス一になる直線が垂直に交わる公式を使うと解きやすいよ。直線と点の距離でも求めれるけど、そっちだと面倒くさいんだって」
「なるほど……じゃあ、こっちの係数がこれだから、こっちはこれで……」
そして、計算していくこと二分後、やっとのことで問題を解くことができた。
「もしかしてアクア、頭いいのか? 名前アクアなのに」
「これでも成績はいいんだよ。それに、この名前の由来はそれじゃないから。同列視しないで」
「へーい。おお、答えも合ってる」
「ふむ……君ってもしかして、高校生?」
身バレを気にしてか、最後は耳元で囁きながら聞いてきた。そして、俺は今完全に個人情報を垂れ流している事に気付く。何せ、俺が今解いていた問題は数学Ⅱの図形と方程式の範囲、即ちモロ高校二年生の範囲なのだ。
「ど、どーかなー、あはは……」
「演技力もうちょっと付ければ。あと、君は油断し過ぎだよ。まあ、これだとアンフェアだし、君は私のリアルを詮索なんてしなさそうだから……」
そして、もう一度耳元に口を近寄せて囁く。
「私も高校二年生。同い年なんて、運命感じちゃうね」
「……からかうならもっと反応の良い人にした方がいいと思いますよ」
「ありゃ、サージェルはからかい耐性強かったかあ。こりゃ残念」
さして残念そうでもなさそうに残念がりながら、アクアは俺の座ってる席の隣に座った。俺は、問題がひと段落したので、解いたデータを保存して問題が表示されているホロウインドウを消去した。
アクアは何かを注文していて、「これにしよーっと」と呟きながら手元のウインドウをタップして、その後消去した。
「今日はレベル上げするの? 今どのくらい?」
「今は九。それと、今日はレベル上げも兼ねて、メインのクエストを進めようかなって思ってる。ほら、メインクエって経験値多くもらえるでしょ?」
「あー、それは私手伝えないなあ……メインクエストは、基本ソロで進めないといけないから。協力できるのは、ボスくらいで。進め度合いが同じなら、一緒に出来るんだけどね。私はもう、今解放されてるとこは終わっちゃってるから」
「え、そうなの?」
「うん。だから、メインクエストは自分で進めて。ボス戦で行き詰まったら手伝うから」
「そっか。そりゃ残念だ……じゃあ、当初の通り今日はレベル上げか。俺まだ三つ目の街まで行けてないから、とりあえずそこを目指すってことでいい?」
「いいよ。レベル九だからこの辺じゃ全然上がらないと思うけど」
「……そういうやる気なくなること言うのやめてよ」
「ああ、ごめんごめん! それじゃあ、私の注文したアイスティー飲み終わったら行こうか」
そう言うと同時、NPCの店員がアイスティーを運んできた。アクアはお礼を言ってアイスティーを机に置いてもらい、二分ほどでそれを飲み干した。
「よし、行こうか!」
「おー」
アクアが謎にテンションを上げているので、俺もそれに軽く乗る。まあ、こういうのはテンションが高い方が楽しいのだからいいだろう。
「そういえば、始めてから一週間経つけど、レベル九って結構スローペースだね」
「いやね。今はちょっとある人に特訓つけてもらってるんだ。だから、片手剣の熟練度とかは結構上がってるんだよ」
「へぇ。ある人って?」
「さあ。俺もよく分からなんだ、あの人のこと。師匠って呼んでるけどプレイヤーネームもレベルも分からないしさ。ただ、強いことだけは確かなんだよ。目隠しして俺の攻撃全部受け止めたし」
「えぇ……何その人。レックスより強いんじゃない?」
「そういや、レックスとは面識があるって言ってたな……それに、本当か知らないけど、VRMの開発に関わった人らしい」
「……詐欺とかじゃない? お金せがまれてない?」
本気で心配しているようだ。俺の顔を覗き込みながら聞いてくる。
「まあ、俺も最初は半信半疑だったけどさ……でも、大丈夫だと思うよ。ちょっと訳ありで、人を見る目に関しては多少自信があるんだよ」
「へぇ」
アクアは、俺が信頼しているなら大丈夫だろうとでも思ったのか、それ以上は聞いてこなかった。
話をしているうちにブリクからは出ていて、既に森も深いところまで入ってきていた。今のところモンスターは出てきておらず、風が木の葉を揺らす音と俺とアクアの足音以外は聞こえてこない。
「そういや、スタルトとブリクではメインクエスト全然なかったけど、そこのところどうなの?」
「多分それ、君がクエスト進めてないだけだと思うよ。クエスト進めなくても次の街には行けるけど、だからってクエストが進むわけじゃないから」
「なるほど……ホントだ、スタルトの商店街にいる奥さんに話しかけようになってる」
クエストの位置を示すポイントもスタルトの商店街を示しており、俺がいかにクエストをガン無視していたかが窺い知れた。そして、明日からは師匠の特訓を受けてからメインクエストを進めよう……と思ったが、今の時期はテスト勉強を優先した方がいい。実際のところ特訓も休みにした方がいいのだろうが、言い出しにくいので続けている。
まあ、勉強は前からそれなりにやっていたから、残っている提出物も数学だけなので問題はない。むしろ、仮想世界で体が動かせるようになって、効率が上がったくらいだ。今までは暗算でやっていたから、余計時間が掛かっていた。それに、書くこともできないからやろうにも羽暮か希に手伝ってもらわないといけなかった。
だから、実際のところ特訓をしていても問題はなかった。そもそも、時間的には学校のある時間なのでほとんど変わらない。学校では大抵寝るか他ごとをしていたから。
ただ、流石にノー勉はやばいので夜は勉強しよう。
「……メインクエストはテスト終わってからだな」
「そっちもテスト近いの? 私ももうちょっとであるんだよね〜。正直めんどくさい」
「ああ、そうなんだ。全く、学校って本当めんどくさ──」
その瞬間、俺は何か自然とは違う音を聞いて、その場で体の正面をアクアのいない方向に向け、手に入れたばかりの体術スキル武技の一つ、「上砕」を発動した。このスキルは、謂わば蹴り上げである。
そして、タイミングよく──喰らった側からすればタイミング悪く──「上砕」は俺の目の前を通った何かに突き刺さった。その何かは、その場で腹を押さえて悶える真っ赤な鎧に身を包んだサラマンダーさんだった。
「まあたサラマンダーか。この前の人の関係者かな?」
「そうだと思う……今のって、体術スキル……?」
「そうだよ」
腰に差している剣を鞘から抜き、俺は蹲るサラマンダーの凡そ心臓の位置目掛けて逆手に突き刺した。サラマンダーは痛みはないはずなのに、ガハッと息を吐き出した。
「上砕と心臓へのクリティカルでHP半減か……このまま待っても時間かかるなあ」
「……何してるの?」
「ん? そりゃあ、時短のために武器をいっぱい出してる。全部刺したらすぐ終わると思って」
「ま、待ってくれ! もうちょっとで片手剣スキルの熟練度が三百に……!」
「知るか」
そう言って、俺はストレージから取り出した数十本の剣を一本ずつ刺していった。レアな武器は一本もないので減少量は微々たるものだったが、手持ちの武器──「天地創造の剣」除く──全て刺し終わると、サラマンダーは光となって消滅した。
「この子、ちょっとサイコパス入ってる……!」
アクアが何か呟いたのが聞こえたが、なんと言ったまでは聞き取れなかった。
「何か言った?」
「な、なんでもないよ! ……敵に回さないようにしよう」
その後にも呟いたようだが、独り言上級者なのか全く聞き取れなかった。まあ、独り言は知られたくないものだろうから、聞き出すこともやめておいた。
「さて、武器片付けるか」
そう呟いて、武器一本ずつストレージにしまっていく。すると、アクアが俺に話しかけてきた。
「あ、気を付けないとこの辺、アイテム持っていくモンスターが──」
「ん?」
「キュイ?」
「あ……」
目の前に現れた袋を背負った少し太ったネズミ型のモンスターが、俺のメインウェポンを持って立ち去ろうとしていた。そして──
「キュイッ!」
「あ……」
「まてこらあ!」
逃げていった。
即座に俺は、追い掛けた。
図形と方程式、面倒くさいよね。ちなみに、点と直線の距離の求め方は直線ax+by+c=0と点(x,y)のとき、d=√(aの二乗+bの二乗)分の|ax+by+c|です。ちゃんと数式にしないと分かりづらいね。気になった方は調べて




