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夢の中の自由譚  作者: flaiy
19/28

希は嘘ばかり

「……何の話してたの?」


 カレーを飲み込んだ希が聞いてくる。相変わらず感情は半分死滅していて、何を考えているのかは悟りづらい。


「ナンの話だよ。晩飯カレーだし」


「ごめんちっとも面白くない」


 咄嗟に考えたギャグをあっさりあしらわれて少し項垂れる俺を他所よそに、羽暮が事実を話す。


「明日のこと。希、明日学校休むんでしょ?」


「…………行きたくないから」


 学校の話をするといつも見せる顔だ。下唇を噛み、押し黙る表情かお。昔からの希の嘘を吐く時の癖の一つで、長年一緒に暮らしている俺や羽暮が気付かない訳がなかった。しかし、気付いていながらも何も聞くことはしない。


「そっか。私としては行って欲しいけど、まあ、希がそこまで行きたくないなら休めばいいよ。その代わり、ちゃんと影斗の面倒は見てね。お昼のメニューはメッセに送ること」


「分かってる」


 俺をいつもの位置まで移動させ、車椅子のストッパーをかけた羽暮が隣の席に座る。カレーは既に用意されていて、昨日と違い中央に生卵が鎮座していた。


「タマカレーか、今日は」


「昨日の分がまだ残っててね。これで全部使ったから、明日からはまた別のメニューになるよ」


「豚カツ食いたい」


「先週食べたばかりでしょ。それに、油の処理とか面倒くさいから、休日にね」


「へーい」


 卵の黄身を潰して混ぜられたカレーが口元まで運ばれる。


 目の前の希の皿には、四割ほどの空白があった。つまり、それだけしかまだ食べていないということだろう。ただ、希の食事はかなりスローペースなので食べ始めて既に十分は経っているだろうか。


 羽暮にカレーを食べさせてもらっていると、希が不意に俺の方に目線を向けて話しかけてきた。


「さっきのメッセ、どういう意味?」


「……もう読んだの?」


 さっき俺がログアウトする前にある作業をしたと言っていたが、それは希にあるメッセージを送っていたのだ。しかし、希が食事を始めて十数分、俺がメッセージを送ったのは確か五分ほど前だ。この場にVRMはないし、希は確認のしようがないと思うのだが……


「スマホとホーム繋いでるから、ホームに送られたメッセは確認できる。それで、どういう意味なの、部屋に来てって」


「あー、えーと……まあ、文字通りだよ。ちょっと、話がしたいなあ、って思って……」


「変な話?」


「いや、普通に会話っつうか……ほら、俺と希ってあまり会話ないからさ、たまにはそういうのもいいかなーって思って」


「何、二人後でお話しするの? 体拭くの、希に頼んでいい?」


「……断る」


 あっさりと希が断るものだから、俺は少し……いや、かなりグサッという痛みを感じていた。いや、感覚がないので胸の痛みというのではないが。


「えー……まあ、いいわよ。ちょっと時間遅らすから」


「そーして」


 羽暮は俺が事故に遭ってこうなって以来、ずっと世話をしているから俺の裸を見るのも触れるのも何ともないのだろうが、希は慣れていない上に多感な中学生だ。実の兄とはいえ、男のものなぞ見たくなかろう。下の世話をたまにしてもらっているが、それもゴム手袋を着けたり──羽暮は慣れた手つきで素手でやる──、なるべく見ないように目を瞑ったり逸らしたりしながらやる。


「……お風呂入ってから行く」


「分かった」


 そう言うと、希は別に食べるペースを上げるわけでもなく、そのまま黙ってしまった。話が終わったのを察したのか、羽暮が俺にカレーを差し出してきたので、それを口に含む。


 ──この様子だと、休む理由を聞き出すのは無理かなあ……


 カレーを飲み込みながら、俺はそんなことを心の中で独りごちた。



 風呂上りの美少女。これ以上に性欲を掻き立てるものがあろうか、いやないだろう。俺自身、発散方法がないのもあって希の風呂上り姿にはいつも苦労している。


 何せ、希は顔立ちは俺の家族の中でも最も整っており、その上胸もでかい。ちなみにDカップだそうだ。更に言えば薄着でノーブラ、胸元曝け出しだ。人畜無害にも程のある俺だが、たまに衝動が襲ってくることすらある。実の妹に興奮するなどどうかと思うが、あれは無理だろう。まあ、何もできないが。注意するくらいしかできないが。


 ん? 何故胸のサイズを知ってるかだって? いや、それはあれだ。希と羽暮が喧嘩けんかする時「Bカップは黙ってろ」(by希)、「Dカップだからって調子乗るなよ愚妹ぐまいよ」(by羽暮)みたいなことを言ったその後に体術バトルになるのだ。それ故に知っている。


 ただまあ、さっきは希とどんな話をするか考えていたせいで、部屋に風呂上りの希が来ると言うことを失念していた。そして、今俺の真横には棒アイスを舐めながら脚をプラプラさせている希がベッドに腰掛けている。


 低身長童顔巨乳風呂上り美少女……うん、一部のマニアからはすごく支持を受けそうだな。


 とまあ、そういう話はこの辺でやめようか。変に意識していることが希に悟られても困る。


「……そういう格好は家の中でだけにしろよ」


「外に出ないから大丈夫」


「いや出ろよ。学校に行く行かないは別として、せめて日は浴びろよ、健康に悪いぞ」


「ストレッチはしてる。太ってないのがその証拠」


「いやまあ、確かに太ってないけど……」


 俺のために栄養バランスに関しては完璧と言っても過言ではない我が家の食事もあってか、希は痩せている。お菓子ばっかり食べてぐーたら生活をしているにも拘らず。健康面でもそれによってかなり安定しているだろうが、やはりたまに外に出るのも必要だとは思う。


「話って何。学校なら行かないよ」


「別に強制はしないよ。かく言う俺も行ってないし……ただ、せめて何で行かないのかってのが知りたいんだよ。いや、これも強制しないけど」


「兄貴だって羽暮に話してないんでしょ。なら、あたしも話さない」


「いや、まあ、うん……」


 確かに、俺も登校拒否している理由は誰にも話していない。それを念頭に置いても、希が俺に話すことはないだろう。ただ、俺に関しては羽暮と同じ学校に通っているのもあって、恐らくいじめのせいだ、というのは悟られている。実際、羽暮の目の前で襟を掴んで持ち上げられたこともあるのだ。


「話は終わり? レベル上げしたいから戻るよ」


「いや、ちょ……希」


「……何?」


 残りの少なくなったアイスを食べてしまい、癖なのかアイスの棒を真ん中でへし折って立ち上がった希を呼び止める。


「もし、困ってることがあるなら相談してくれ。俺が出来ることなんて高が知れてるけど……でも、何もできないより一緒に背負いたいんだ。俺、助けてもらってばかりだから、力になりたいんだよ」


「……気が向いたらね」


 また、希は下唇を噛んでいた。嘘を吐く時の癖だと思っていたが、今は嘘を吐いていたのだろうか。だとすれば、どんな嘘なのか。


 俺がそんなことに思考を巡らせているうちに、希は部屋を出て行った。


 数分後に水の入った桶とタオルを持った羽暮が入ってきて、俺の服を脱がせて、体を拭き始めた。


「で、どんな話だったの? 聞かせたくないなら言わなくてもいいけど」


「希のこと。あいつ、何か隠し事してるから教えて欲しいって頼んでみたけど……まあ、無理だった」


「そりゃそうでしょう。私だって、何度も聞いてるんだから。……影斗も、あまり気にしないで学校行きなよ。ちゃんと私が守ってあげるし、先生や月光つきだって影斗のこと気に掛けてくれてるんだから」


「……うん。気持ちの整理がついたらね」


 やはり、羽暮は勘付いているらしい。恐らく、俺のそばによくいる昔からの腐れ縁である月光も気付いているだろう。


「はい、終わり。またゲーム入るの?」


「いや、今日はもういいや、疲れたし師匠も夜はやらないらしいから」


「そっか。ゲームもいいけど、ちゃんと勉強もしなさいよ。必要なら教えてあげるから」


「はいはい。じゃ」


「うん。何かあったら呼んでね」


 体を拭き終わり服を着せられた俺は、タオルを桶に入れて持ち上げた羽暮に目線を向ける。すると、部屋の外で何か衣擦れのような物音がしたような気がした。


「希、いるのか?」


 そう問いかけると、ほとんど足音も立てずに立ち去った。


「希、いたの?」


「多分……呼吸の高さ的に、希だったと思う」


「呼吸とか聞こえなかったけど……影斗、聴力すごいのね」


「どうかな……」


 苦笑を浮かべる。だが、恐らくこれは特訓の成果だろう。まあ、家には俺と羽暮、そして希しか今はいないので、人がいれば必然的に希になるが。


 だが、やはり聴力が多少なりとも強化されているのは事実だろう。まだ特訓初日だが、これだけの成果が出ているのだ。もしかしたら、俺は相当成長が早いのかもしれない。


「有望株だな、俺……」


「何か言った?」


「いや、なんでもない」


 小さく呟いた独り言を羽暮が気にしたが、そう答えると「そう」と微笑を浮かべて部屋を出て行った。

師匠との特訓を事細かく書いてると長くなるので、次かその次あたりで飛ばそうかと思ってます。回想的な感じで大まかには書くので。

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