羽暮も始める?
──希の奴、やっぱり何か抱えてるよな。頼ってくれたら嬉しいし、何か手伝いもするけど……まあ、あいつ抱え込むところあるしな
「あがっ」
「どうした。考え事?」
「……ってぇ。いや、そういうわけ……でもありますね。でも、リアルなことなので」
「そうかい? これでも人生の先輩だ、多少なりとも役に立てるとは思うが。それに、今は特訓中だ。思考が乱されるくらいなら、リアル割れしない程度に話してみるのも、一つの手だと思うけど?」
「いや、まあ……そうなんですけどね」
もちろん、俺に関する相談ならしても構わない。身体麻痺のことや、勉強のことなど頼れるのであれば頼る。だが、この問題は俺自身ではなく、妹の希のことだ。流石に赤の他人である師匠を頼るわけにもいかない。
かと言って、思考が乱されているのも事実だ。シスコンと言うほどでもないと思うが、それなりに希のことを心配している俺が、そう簡単にこの思考を排除できるとも思えない。
「……師匠は、身近な人が困ってたら、どうします?」
俺は、目隠しを外しながら師匠に尋ねる。すると、師匠は考え込むような仕草をして数秒静かになった。
「ふむ、そうだねぇ。俺は元から周囲の人に助けてもらう立場だったから、あまり人を助けてきた、という自覚はないけど……でも、もしそんな状況になったら、一度話を聞いてみるかな。でも、無理やりに聞き出しはしない。向こうが話したくなるのを待つのが一番だ。とは言っても、こっちから何もしなければ向こうが話すようになることもない。だから、定期的に言葉をかけながら待つかな。簡単に言えば、心を開いてくれるのを待つ、ってところか」
「なるほど……」
確かに、俺は今まで希のことを気に掛けはするものの、何かをしてきたわけではない。むしろ、俺自身が誰かに頼り切っているため、困った時は自分から頼るのが普通だと思っている。だから、希も必要になれば頼ってくれるだろう……なんて、どこかで思っていたのかもしれない。
でも、今までも希が俺を頼ることなど、数え切れるほどしかない。しかも、それは主に勉強に関してのみだ。問題が分からない、とか、俺がどうやって勉強しているのか、などだ。つまり、希の根幹に関わることで頼られたことは、一度もない。
俺が信頼されていないのか、それとも単に希が困っていることがないのか、はたまた希の性分なのか。真ん中を除く二つは可能性があるが、やはり、希は誰かを頼ることを苦手としているのだろう。勉強はどうしてるのか全然知らないが。
「俺のモットーの一つに、『最後は自分自身』っていうのがあるんだ。簡単に説明すれば、何をするにしても最後は自分で決めなきゃいけない、ってこと。君の身近な困ってる人も、そのうち自分でなんとかしようとするんじゃないかな。その方法が、君を頼ることかもしれないし、そうじゃないかもしれない。他人のことだ、待つのが一番さ」
「そう……ですね。俺が何か出来るなら、すぐにでもしてやりたいですけど……俺に出来ることなんて、たかが知れてますもんね」
「そんなことはないさ。君に出来ることは無限大。ただ、人とは適度な距離感を大切にね。それを損なうと、やがて敵になる可能性もあるから」
「分かりました」
ログアウトしたら、ちょっと希と話してみるか。
そう決意すると、俺の中の希に対する心配事は小さくなった。今することではない、と意識がシフトした、というのが正確か。とにかく、これで特訓に集中できることだろう。
目隠しを下ろして再び視界を塞いだ俺は、師匠に「お願いします」と声を掛けて、特訓を再開した。
♢
三時間が経過し、希から呼び出しを受けた。夕飯ができたのだそうだ。
師匠からリアルのアドバイスをもらってからは、希のことで思考が乱れることもなく、集中して取り組むことができた。そのせいか、ものの一時間程度で連続で打ち返すコツを掴み、終わる十数分前には調子に乗って「スラント」で打ち返したせいで、勢い余って一回転した木材に後頭部を殴られもした。
少し作業してからログアウトすると、希は既にいなくなっており、東讃第一高校の制服の上にエプロンを身に付けた羽暮が立っていた。
「はい、じゃあリビングまで行くから」
「よろしく」
羽暮は俺からヘッドギアを外し、抱きかかえて近くまで移動させていた車椅子に乗せた。
この家は、俺が事故で全身麻痺になってから一度だけ大きなリフォームをした。バリアフリー化というものだ。部屋の入り口を全て広くし、段差をなるべく無くした。更に、俺が二階に用がある時に行けるよう、小さいがエレベーターもある。
そのため、車椅子でも容易に部屋から出ることはできる。
車椅子に乗せられた俺は、羽暮主導でリビングへと向かう。恐らく、希はもう既に夕飯を食べ始めているか、席について待っているだろう。
「ゲーム、どう?」
「楽しいよ。今は師匠に特訓つけてもらってるんだけど、最初は全然ダメだけど、どんどん強くなっていってそれが嬉しくてさ。だから、続けようかなって思ってる」
「師匠かあ……なんか、楽しそうだね。私も始めようか」
「ハードが足りないよ。俺のも、希のサブ貰ったものだから」
「そうだよねぇ……お母さんに頼んだら、買ってもらえるかな?」
「どうだろ……母さんも父さんも、事故の時から俺らに異常に甘いからな。買ってくれるかも知れないけど……」
先にも言った通り、この家は決して裕福ではない。自営業の家庭に比べれば、幾分かマシなくらいだろう。
VRMはその機能性も相まって、十万は越える値段だ。簡単に買えるものではない──希は二台持っていたが、多分相当ねだったのだろう──。しかも、毎月ゲームの使用料が多少なりとも発生してくる。
「はぁ……一高はバイトできないからなあ」
「そうだったっけか。未だにバイト許してない高校って、意外とあんのな」
「うん。最近じゃあだいぶバイト可能な高校も増えたんだけど、まだ大半は無理らしいよ。それこそ、元祖自称進学校なんて呼ばれてたうちはねぇ」
かなり昔の話らしいが、俺と羽暮の通う高校は、元祖自称進学校などという不名誉な称号を持っていたらしい。概要は調べてくれ。
最近では、将来のための社会体験や家庭の生活費稼ぎ、という名目でバイトを可能にしている高校が増えてきているのは事実だ。だが、未だにバイトよりも勉強部活! という前時代的な考えの高校も少なくはなく、東讃第一高校もその一つだ。
別にブラック校則と言うほどではないが、校内でのスマホ使用やAR機器の使用は未だに禁止。シャツの色は確か、黒白紺だけだったか。月に一度のペースで服装検査もある。
そんなわけで、巷では前時代高校なんていう風に呼ばれることもしばしば。
「まあ、ちょっと頼んでみるよ。無理そうなら大学入ってからバイトして買うことにする」
「そりゃ気の長い話だ。……そういや希の奴、明日学校休むらしいな」
「ああ、うん……みたいだね」
俺の言葉に羽暮が目を半分閉じると同時に、俺達はリビングに着いた。
今更ですが、タイトルの由来を話そうかなと思います。
まず、「夢」ですが、それは某VRものラノベで、仮想世界を夢と表現しているところがあったので、引用させてもらいました。
次に「自由譚」ですが、これは小説仲間からの発案で、仮想世界では現実で不自由でも自由になんでもできる! という意味を込めてます。
まあ、このタイトルを直訳すれば、「仮想世界で自由気ままに冒険する!」です。以後、お見知り行きを。
ちなみに、影斗達の住んでる舞台は香川県で、高校は推測してください。もし出版すればそこが聖地に……




