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夢の中の自由譚  作者: flaiy
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希の闇

「ったく、人使い荒いなあ」


「俺はこんなだからな、仕方がない」


「正当化すんなって言いたい」


 しかし、事実俺は誰かを頼らないとほぼ何も出来ない。正当化可能なのだ。というか、正当な権利である。だって、首から下が動かないという人生の大半を損する状態なのだから。多少の我儘わがままはまかり通るだろう。


「はい」


「ん。ありがと」


 もちろん、ちゃんとお礼は言うが。


 希が口元に近付けた板チョコを噛み、唯一動く首から上を動かしてパキッと割る。僅かな苦味のあるチョコレートの味が口の中に広がり、十秒ほどで一口目のカケラを飲み込む。


「レベル、今いくつ?」


「えーと、四……だったかな。今、ちょっと人にコツとか教えてもらってるんだ。名前とか、全然知らないけど……だから、レベルはそこまで上げてないよ、まだ」


「ふーん」


 言い終わると、希はまた板チョコを口元に運び、俺はそれを噛み砕いて一欠片口の中で溶かしていく。


「希は、レベルいくつなんだ?」


「教えない。バレるし」


「ええ、ケチー」


「そのうち分かるでしょ」


 そう言うと、希は俺のかじった板チョコを自分も食べた。


「間接キス」


「だから何」


 うむ、やはり動じないか。


 流石は妹と言うべきか、間接キス程度では動じないようだ。その証拠か、希は俺の方に自分がかじったところを差し出してくる。もちろん、ここで別のところを食べてしまえば、俺が希のことを意識しているなんて勘違いされそうなので、躊躇いなくその箇所をかじった。


「ん」


「妹よ、準備がいいではないか。ありがと」


 希は、甘いチョコレートを食べていると口の中が甘くなりすぎることを見越してか、牛乳をコップに入れてストローを刺して俺へと差し出してくれた。ちょうど甘さに口の中がやられ始めていたので、その牛乳を飲む。


「ふぅ……そういや、明日は水曜だな。学校、行くのか?」


「……知らない」


 希の表情が暗くなった。


 俺は、希の学校での様子はほとんど知らない。元々三つ離れているから高校に通っている俺と中学に通っている希とで学校が違うのもそうだが、普段から希は自分のことを話さない。それに、家にいる間も基本的には部屋から出で来ず、引きこもって何かをしているそうなのだ。物音はしないから、多分ゲームだろうが。


 だから、希が学校に行かない理由は想像することしかできない。俺自身いじめを受けているのでこうして不登校になったのだが、希もそうなのだろうか。今は、そんな予想をしている。定期テストでは毎回一位を取るから、勉強が出来なくて嫌と言うわけではなさそうだ。引きこもりが毎回一位を取るというのは、他の生徒が可哀想にも思えるが。


「……明日、学校休む」


 コップの縁から牛乳を飲んだ希が、そう呟いた。


 正直なことを言えば、俺は希が家にいてくれた方が助かる。


 俺の家庭は、両親共に公務員なため貧乏というわけではないのだが、逆に裕福なわけでもない。飢えない程度の生活を送っていれば、それなりに経済面では苦しくなることもある。


 更に言えば、俺の通院などにかかる経費もある。それらも加えて、この家庭は裕福には届かない。だから、家政婦や俺の面倒を見る人を雇うのは難しい。俺はこんなだから、自分でトイレに行くことも食事を取ることもできない。自分で腹減ったな、とかトイレに行きたい、とかも分からないのだ。だから、誰かに管理してもらわなければならない。


 水曜以外は希が家にいるので助かっているのだが、水曜はいつも苦労しっぱなしだ。主に羽暮が。


 しかし、希は中学生だ。まだ義務教育の真っ最中だし、中学では未だに授業態度なども成績に換算している。登校日数が足りなければ、留年だってあり得る。もちろん、今の状態で希が高校入試を受けられるとは思わない。学力で言えば学年一だが、成績で言えば学年ワーストに入ってもおかしくない。


 だから、学校に行って欲しい……とも思う。実際のところ、俺が学校に行けばある程度は解決する。俺と羽暮は同じ学校に進んでいるし、クラスこそ違えど教室は隣なのだ。だから、学校に行けば俺は羽暮や教師に面倒を見てもらえる。そうすれば、希が学校に行っても何ら問題はなくなる。


 ……ただ、今俺の通う学校にタチの悪い奴がいて、そいつがいるせいで少し身の危険を感じている。だから、今は通うのを拒否している。希に迷惑がかかるのは分かっているが、命には変えられないというわけだ。希も、このことは誰にも話していないのに、仕方なくといった感じではあるが世話を焼いてくれる。


「羽暮に怒られても知らないよ」


「別にいい」


 こう言うしかない。俺にとやかく言う権利はないだろう。


「それじゃ、明日は世話、頼むな。いつも帰ってから羽暮が大変そうだから」


 ベッドのシーツ替えや俺の食事などだ。やることのない俺は基本的に寝ているが、寝ていたとしても膀胱に尿は溜まる。もちろん、我慢なんて出来ないので羽暮が帰るまでに一度や二度は漏らしている。それに、一日に食事を二回しかとらないことになるので、栄養バランスなども調整が必要になってくる。


 それらのことで、水曜は羽暮が一週間で一番苦労する日になっているのだ。俺としても改善したいところなのだが、いかんせんこの体だ。なにかしようにも何もできない。


 希がチョコレートを口元に運んでくる。少し時間が経って溶け始めたので、俺はなるべく大きめに頬張った。パキッと割れたチョコを砕きながら口に含んでいくと、希も小さくカケラを口に含んだ。


「希」


 暗い表情のまま、希が目線だけを俺に向けた。


「何か辛いことがあるなら、相談してくれていいよ。体がこんなだから力仕事は無理だけど、話を聞いたり、アドバイスとかはできると思うからさ」


「……そのうちね」


 希の抱えている闇は、中々に深そうだった。


 ──この闇の原因が、俺だったら……俺は、どうするのが正解なのかな


 まだそうと決まったわけではない。でも、可能性はある。


「そうだ。時間がある時でいいからさ、ゲームの中で落ち合ってパーティ組んで、狩りでもしないか? 俺、そういうのやってみたいんだよな。アニメとか見ててもよくあるし、そういうリア充みたいなの」


「……ごめん。今はまだ、無理」


「……そっか、そりゃ残念だ。できそうなら言ってくれ、楽しみにしてるから」


「…………」


 希は小さく頷いたが、結局表情は暗いままだった。ゲームの中でなら、と思ったが、そんな簡単な話じゃなかったようだ。


 希と分け合ったチョコレートと牛乳もなくなり、希は俺にヘッドギアを被せていなくなった。


 希の表情にモヤモヤが残る中、俺は特訓を再開するためにNlOへと再ログインした。

最初はなるべく明るい物語を書こうとしたんです……体の動かない主人公が、ゲームの中で明るく楽しく……みたいな。でもね……うん、これがきっと、現実なんだ……現実は、重くて、苦しくて、生き辛いんだ……

みたいな感じになってきてます。ヤバイです。でも、タイトルで察してください、お願いします

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