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夢の中の自由譚  作者: flaiy
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弱さの強さ

 希に昼食を食べさせてもらい、トイレも手伝ってもらった後、俺は再びNlOにログインして師匠と会っていた。そして、同じ特訓を再開する。


「いくよ。それ!」


 昼食の前同様、俺は迫る木材を避ける。今のところは、師匠が声を出してから木材が迫るまでの時間を元に避けているため、正直感覚の拡張には届かないが、こうやっているうちに少しずつ強化されるかもしれない、と師匠が言っていた。


 実際、盲目の人は視覚以外の方法でモノを見たり、コウモリやイルカのように音の反射で空間を把握したりする人もいるそうだ。両方を身に付けれたらいいのだが、やはりどちらか片方だけでも身に付けたい。


「さて……昼の特訓も、そろそろ一時間経つね。休憩する?」


「いや、あと三十分続けます!」


「そうかい。無理は良くないが、そんな様子でもなさそうだね……それじゃあ、次の段階に行こうか。今度は俺の掛け声無しだ。今は掛け声からの時間からこいつの来るタイミングを測ってるきらいがあるからね。掛け声無しで躱す……あわよくば剣で反応出来れば、俺との打ち合いをしよう」


「……分かりました」


 静かな時間が続いた。そして二十秒が過ぎ……直後、俺の額に朝から何度も喰らった鈍い衝撃が走った。「ふぐっ」と籠もった声が漏れるが、なんとか踏ん張ってこけずに済む。


「集中だよ、集中。そんなにすぐには身に付かないさ。痛みはないんだから、何度も挑戦だ」


「はい!」


 その後も、俺は同じ特訓を続けた。結局、掛け声が無くなったから、避けることすら一度も出来なかったが。


 三十分が経過し、俺は休憩に入った。


「お疲れ。はい、これ水。HP回復効果あるから、飲んでおきな」


「ああ、ありがとうございます」


 目隠しを外し、木にもたれかかって休んでいると、師匠が木製の水筒を差し出してきたので、ありがたく受け取る。その中の液体を流し込むと、滑らかな水が仮想の喉を潤して行った。ついでに、頭を打ちまくって五パーセントほど減少していたHPも回復する。


「やっぱり、そう簡単にはいかないですよね。師匠はどのくらいでマスターしたんですか?」


「俺かい? 俺はね……確か、六年前だったかな。実家の近くに山があって、その頂上から眺める星が好きでね……よく、真っ暗な中山を登ってたんだ。そうこうしているうちに、暗闇の中でもどこにものがあるか把握できるようになってね」


「じゃあ、VRMが開発される前からその能力はあったってことですか……」


「そういうこと。それに、盲目の人も音だったり別の視覚だったりは、何年もかけて手に入れると言っても過言じゃないからね。一朝一夕じゃ身に付くことは無いと思うよ。ただ、君は少し人間離れしたところがあるから、何ヶ月かあれば少しは身につくかも知れないね」


 その後、師匠が何か短く呟いたような気がしたが、俺は上手く聞き取れなかったため、そのまま聞かないことにした。何か、聞いちゃいけないもののような気がしたからだ。


「ま、頑張ります。なるべく早く五感を拡張して、強くなれるよう」


「うん。俺も、その時を楽しみにしてるよ」


「あと五分だけ休憩したら……続きしますかー」


「そうするといい。俺は水の補充をしてくるよ、近くにあるからね」


「ここで待ってます」


 師匠は俺の返事を聞いて、その水のある場所と思われるマップの北側へと向かって行った。



 再開して四時間が経過した。一時間半ごとに休憩を挟み、既に頭を打った回数は百を越えているだろう。ただ、頭がふらふらする感じは多少あるが、痛みは全くない。仮想世界の痛み軽減機能のおかげだろう。


 夕飯は恐らく午後七時から八時頃なので、まだ二、三時間は時間がある。その間に、一度くらいは回避したいものだ。


「ふーむ。やっぱり、体の動きは人間離れしてるけど、感覚に関しては普通かな。人間の感覚の概念から抜け切れていないね」


「そりゃまあ、一応人間なので。五感も普通に作用しますし」


 首から上のみ、という制限付きでだが。実際、触覚以外はほぼ首から上で感じるものなので、感覚の感じ方は普通の人間と大差ない、と言っても過言はなかった。ただ、唯一触覚のある首から上が多少敏感かもしれない。僅かでも、何かに触れているという実感が欲しくて。


 ──そうか。全身で感じようとするからダメなのか。なら、現実と同じように、意識を首から上だけに集中させて……


 すると、次の瞬間、ジジ……という音と、顔にピリピリとした感覚を感じた。俺は、即座に右手に持つ木刀を振り下ろした──が、木刀が丁度顔の前に来たくらいだろうか。額に衝撃が加わった。


「今のは惜しかったじゃないか。もしかして、見えたのかい?」


「見えた……というより、聞こえたのと感じた……ですかね。ジジって音が聞こえて、その瞬間に顔に妙なピリピリ感を感じて……」


「ほう……やはり、君は戦いの才があるかもしれないね。まるで天賦の才だ」


 そこまでではないだろうし、今のも全身麻痺生活の中で首から上の感覚だけを意識した生活を送っているからに過ぎないだろう。でも、そのおかげで今のが出来たのならば……俺は、この世界でならもっと強くなれるかもしれない。現実の弱みを生かした強さ、という形で。


「感覚を忘れないうちに、もう一度お願いします」


「良い心がけだ。次は剣で弾けるよう、期待してるよ」


 俺は師匠の声を頼りに向きを整え、木刀を上段に構える。そして、現実の感覚を頼りに、首から上に意識を集中させる。


 深呼吸をして息を整え、心拍も安定させる。


 数十秒後──さっき感じたものと全く同じ音、そして感覚が俺を襲い、しかしさっきよりも速く、俺は木刀を振り下ろした。力まず、木刀の重さを感じながら振り下ろされた木刀は、確かに何かを捉え、カコーン! と、小気味のいい木のぶつかる音をこの小高い丘に響かせた。


「やった! ふぇぐっ⁉︎」


 ガッツポーズをとった直後、俺は予想外の額への衝撃に耐え切れず、尻餅をついた。


所謂いわゆるふりこなんだから、そりゃあ返っていくに決まってるよ……でも、成功だ。おめでとう」


 目隠しを首まで下ろすと、師匠が座り込む俺へと手を伸ばしていた。フードの奥に見える表情は、優しさに満ちた微笑みが浮かんでいた。


「ありがとうございます」


 俺は言いながら、師匠の手を握って立ち上がった。俺より数センチ高い位置にある瞳が、俺を見つめていた。


「次は連続で打ち返せるように頑張ろうか」


「飴と鞭だな!」


「最高だろ?」


「全部鞭に比べりゃいいですけど、少し休憩させてください。こんなに集中することなんて滅多にないので、ちょっと脳が疲れちゃってるみたいで」


「ふむ。一回落ちてチョコでも食べてくるかい?」


「ありですね。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」


「アバターは見ておくよ。ゆっくりしておいで」


 お願いします、と師匠に伝え、俺はNlOからログアウトし、ホームで希に「チョコレート求む」とメッセを送って完全に仮想世界からログアウトした。

音の反響で空間を把握する……ヤバイ、未だに拗らせっぱなしの中二病が……!

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