謎の人
「相席、いいかな?」
「んぐっ……どうぞ」
フードを目深に被った人は、俺の正面へと座った。他に座る場所ならいくつもあるのにここを選んだと言うことは、この人もアクアと同じく俺に……多分天使プレイヤーに用があるのだろうか。
その人はメニューウインドウから注文を済ませ、フードで隠れた目線をこちらへと向けた。
「済まないね、いきなり相席を求めて」
「いえ、別に問題ないですけど……ええと、俺に何か用ですか?」
「ああ。君に、少し提案したいことがあってね」
「……天使関連?」
「いや? 何故そう思ったのか……ああ、天使プレイヤーが珍しいからか。恐らく、君と今日同行していたアクアさんも、それが理由で話しかけたのかな?」
「まあ、そうらしいですけど……」
天使関連ではないとすれば、何故だろうか。天使アバターを使っているという点以外で、俺が特別なところはないはずだ。少なくとも、男子か女子か分からない見た目、なんて理由はないはずだ。
「言いたくなければ言わなくていい……君、現実ではなんらかの障害を患わっているだろう?」
「っ……」
フードの人は、細く微笑んだ。恐らく、俺の反応からそうだということを悟ったのだろう……そして、その言い方には確信があった。
「……仮に俺が障害を持っていたとして、参考までに、なんでそうだと思ったか聞かせてもらえませんか?」
「表情だよ。私の見立てでは、君は今日がVR初プレイで、現実で障害を持っている……どうかな?」
当たっている。流石に年齢や個人情報までは分からないようだが、たった数時間しかプレイしていない俺をどこからか観察しただけでそれだけのことを予想できるのだ。かなりの観察眼だろう。
「君は、オレが初めてVRに触れた時と同じ表情をしていた。この、縛られることのない自由の世界に来た、誰よりも不自由な現実に生きる人が見せる、解放から湧き上がる、心からのワクワク……君は、そんな表情をずっとしていた。オレも、現実ではちょっと問題がある身だからね、同じ表情をしていた覚えがあるのさ」
俺は顔を触って確かめてみる。別段、おかしなところはない。頰が疲れて引き攣っているとか、そういうのはない。いや、VRだから当然か。
「済まない、君の素性を暴くようなことを言って。このことは誰にも話さないから、安心して欲しい。それで、君に提案があるんだ……」
フードの人は一変して、真剣な面持ちになる。目が見えないために感情を読み取るのが難しいが、雰囲気で話の本題に入ることが予想できた。
「信じてもらえるかは分からないけど、オレはこの世界に入る唯一の手段、VRMの開発に携わった一人だ。つまり、ことVRに関しては世界でトップクラスに知識がある……オレならば、君をこのゲーム一のプレイヤーにすることが出来る。どうかな? 君に、この世界での戦い方を教授する……この提案を、受けてもらえないかな?」
「……英会話のやつみたいなものですか?」
「いいや、違う。授業料を取ろうとかそういうものはない。もちろん、タダで構わない、オレがしたいだけだからね……どうだい? 無理にとは言わないが、受けてみないかい?」
明日からはレベル上げに奔走するつもりでいた。しかし、今の俺は戦うなんてものではないだろう。言ってしまえば、ちょっとだけ知識のある素人に剣を渡して魔物と戦えと言っているようなものだ。
しかし、この人は俺を強くしてくれるという。それが信頼できるかどうかは別として、タダで教えてもらえるというなら、例え時間が掛かっても受けてみる価値はあるだろう。何せ、PSさえあれば、レベルも装備も弱い状態で、格上と渡り合えるようになれるのだ。つまり、天使アバターのままでも、強い相手と戦える……そして、レベル上げもしやすくなるということだ。
「じゃあ、お試しでとりあえずお願いします」
「そうか、受けてくれるか。ありがとう」
お礼……まあ、確かに、この人から持ちかけた話なのだから、話を受けてくれたことに関してお礼をするというのはあるのだろう。でも、なぜかそれ以外の意味合いも感じた。
「じゃあ、明日の八時以降なら俺はいけます」
「では、九時から始めよう。場所はそうだな……ここでどうかな?」
フードの人からマップが送られてきた。名前の欄は空白になっており、この人が何者なのか……結局分からない。
マップの提供を受諾すると、スタルトから次の町、その町から少し離れたところの森までのマップが渡され、その森にピンが刺されていた。
「ここはモンスターの出が悪いし、趣味の悪いやつらしかいない。人もそうそう来ないからちょうどいいだろう」
「分かりました。ええと……」
「済まないが、名前は明かせない。師匠と呼んでくれればいいよ」
「分かりました。じゃあ、明日の九時、この森で会いましょう」
話が終わると、NPCが師匠の注文したものを運んできた。それは、俺も今日食べたゴールドチェリーケーキで、俺の口の中にあの甘さが広がっていく錯覚を覚えた。というか、この店にもあったんだ。
しかし、今日中に次の町に行ってしまいたいため、我慢してその場を離れるのだった。
♢
「せいっ!」
町を出る前に今使える武技を確認している。今の俺の片手剣スキルの熟練度は、二十八だ。武技は初期のもののみが使える。使える武技は、単発突進「ストライク」、単発斬り下ろし「バーティカル」、単発横薙ぎ「ホリゾンタル」、単発斜め斬り「スラント」だ。ストライクに関してはそれなりに使い慣れたので、今は「バーティカル」の練習中だ。多分、ワイバーンの翼を斬ったのは、この武技だったのだろう。
「ふぅ……感覚は掴めたかな。そんじゃ、その辺のモンスターで練習するか」
そして、スタルトを出てすぐにいる猫型モンスター「ニンブルキャット」で練習をする。ニンブルの綴りは「nimble」で、意味は「すばしこい」だそうだ。文字通り、かなりの素早さで動くが、慣れてしまえばそんなに苦労はしない。スピード特化なのか、攻撃や防御に関してはほとんどないに等しいからだ。
「よし。次はホリゾンタルだ」
このサイクルで、残りの二つも終わらせ……俺は次の町に向かった。
道中の草原や森ではこれといったアクシデントはなく、レベルも上がることなく俺は第二の町「ブリク」に着いた。この町の名前は捻りもなく、レンガを意味する英語が町名になっている。そして、文字通り町中はレンガ造りの建物ばかりだった。
「十二時……流石に落ちるか。さて、明日からは師匠の特訓が始まるなあ……なんか、楽しみだ」
誰かに何かを教わるのは、しかも自分から請うて教わるのに関しては中々に久しぶりだ。正直学校は、学校に教えされてる感があるのだ。だから、なんだか少しワクワクする……多分、師匠の言っていた表情を今もしているのだろう。
メニューからログアウトボタンを意味するドアのアイコンを押し、「ログアウトしますか?」というウインドウの丸ボタンを押す。すると、途端に感覚が途切れて……──
──首から上だけの感覚が戻った。
「……なんか、悲しくなるな」
本当に、夢の中だけの自由の世界、といった具合だ。でも、夢の中だけでも自由な世界があることだけでも、俺にとっては救いだろう。
「寝るか」
ヘッドギアを外すことも出来ないので、俺はそのまま眠りについた。久々に使いまくった脳は疲れていたのか、ものの数秒で俺は夢の世界へと入っていた。
最後のルビは、一応オチになる予定でした。多分そこまで面白いネタにはならないと予測しながらも、ネタとして一応入れておきます。次回、冒頭で分かると思います




