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序章 十四代目風の王

前作ワイルドウインドの続編です。

前作を知っている前提で書いていますので、ご了承ください。

それでは、楽しんでいただけたなら、幸いです。

 精霊は、イシュラースと呼ばれる世界に住まう、力の化身だった。

グロウタースと呼ばれる、生き死にを繰り返す、命の世界を守り慈しむ存在で、永遠に近い命を持っていた。

その中で、風の王と呼ばれる精霊は不遇であり過酷な運命の下、グロウタースに寄り添う精霊だった。すべての世界の生きとし生けるものを守るため、闘うことを運命とする風の王は、代々短命で、現在は十五代目の風の王が、命の行く末を見守っていた。

 荒々しくも優しい、十五代目風の王・リティル。

荒っぽくて、ぶっきらぼうだが、その笑顔に絆される者が多く、新米だが頼られる王だった。精霊にしては珍しく婚姻を結び、血を分けた子が二人と一人の養子がいた。

最愛の王妃、シェラと子供たちと共に、風の王・リティルは危うく命を繋ぎながら、世界を見守っている。


 その部屋は恐ろしく天井が高かった。中庭に面した壁の半分が尖頭窓で、高い高い天井に向かって聳えるようだった。嵌め殺しの窓の一部がガラス戸になっていて、中庭に出られるようになっている。

ここは、風の王の住まう、風の城の応接間だ。

 格子状に切り取られた太陽光の、優しく降り注ぐ窓辺に、落ち着いたワインレッドの布張りのソファーが、コの字に置かれている。そのソファーに、城の主はいた。

テーブルに向かい、羽根ペンで書き物をしている小柄な青年。彼の背には雄々しいオオタカの金色の翼があった。半端な長さの金色の髪を、黒色のリボンで無造作に束ねている彼が、風の王・リティルだ。

その傍らで、夫のために紅茶を淹れているのが、神樹の花の精霊で、花の姫と呼ばれる彼の妻であるシェラだ。彼女の背には、モルフォ蝶の羽根があった。

蒼色の不思議な光を返す長く美しい黒髪に、神樹の花である小さな光の花が咲いている。紅茶色の瞳をして、少女のような愛らしさを失わず持つ、可憐という表現がよく似合う美姫だった。彼女の胸で、オオカミの牙の無骨な首飾りが揺れていた。

 召使いの金色の鳩たちと共に、書類の整理に追われている夫に、シェラは紅茶を差し出した。リティルは顔を上げた。その拍子に、左耳のフクロウの羽根をあしらったピアスが揺れる。

立ち上るような、金色の踊る生き生きとした瞳で、リティルはシェラを見て安らいだように笑った。

「どこかで争いがあったの?」

隣に腰を下ろしたシェラは、リティルの書いている書類に視線を落とした。

「ん?うーん、どうもおかしいんだよな。そろそろ見に行かねーとだな」

リティルはシェラの淹れてくれた紅茶を飲みながら、険しい顔をした。普段柔らかい表情のリティルは、小柄な体格も手伝って童顔に見える。が、一旦真面目な顔をするととたんに大人びる。シェラは、未だにこのギャップにドキリとしてしまう。

「また、行ってしまうの?ごめんなさい、仕事だもの、仕方ないのに」

リティルは俯いてしまった妻の様子に、苦笑してそっとその肩を抱き、いい位置に来たその頭にキスをする。

「じゃあ、一緒に行くか?」

リティルは両手でシェラの肩を抱いたまま、明るい声で言った。

「行かないわ」

しかし、シェラは恐ろしく素っ気ない態度だった。

「つれないなぁ。即答かよ?」

「その気などないくせに。気を付けて、リティル」

リティルの、冗談のような拗ねた声にシェラは苦笑すると、そっと夫の胸に体を預けた。

「ちゃんと帰ってくるさ。大丈夫だ、心配いらねーよ」

リティルの声には、変わらない自信があった。本心を隠すことの上手いリティルの心を、シェラには見抜けない。シェラは、大丈夫だと心に言い聞かせて、心に湧き上がる不安を押し殺した。

いつからだろう。リティルはいつでも、ちゃんとシェラのもとへ帰ってきてくれるのに、大丈夫だ。心配いらないと言ってくれる彼の言葉を、信じられなくなってしまったのは。

「リティル……」

シェラは顔を上げると、そっと瞳を閉じた。リティルはそんな妻の様子に誘われるように、顔を近づける──

 その時、不意に玄関に通じる両開きの扉が開かれた。夫婦は慌てて距離を取った。

この城の応接間には、ほとんど家具がない。であるのに、恐ろしく広い。ソファーから玄関ホールへの石の扉までは、軽く見積もっても十メートルはあるかもしれない。

風の王の両翼の化身である鳥達。クジャクの姿で生を司るインサーリーズと、フクロウの姿で死を司るインスレイズが、何羽も象眼細工で床に描かれ、来客の目を楽しませてくれる。

「ユグラ?なんだよ、おまえ、どうしたんだ?」

扉を開いて入ってきたのは、人間で言うなら十二、三才くらいの少女だった。彼女の頭には白地に緑色の縞の入った虎の耳が生え、尻には耳と揃いの縞模様の尾が生えていた。

大地の王・ユグラだ。ユグラは一度代替わりした、二代目の大地の王だった。

ユグラは虎の姿に化身すると、駆けてくる。そうでもしなければ、小さなユグラがソファーにたどり着くまで時間がかかりすぎてしまう。

「リティル!助けてほしいの」

風夫妻のもとへ駆け寄ってきたユグラは、化身を解き開口一番そう言った。

「破壊の精霊・ケルディアスを知ってる?十四代目と連んでた精霊よ」

十四代目と聞いて、リティルの雰囲気が固くなるのをシェラは感じた。

十四代目風の王・イン。その名は、リティルにとってはとても重い。そして、言葉で言い表せないほど深く大切だった。

シェラにとっても大事な先代の王は、二人の知らない顔で、ここイシュラースに伝わっていた。

風の王史上、最悪の風の王。

彫像のような美しい顔で残虐な行いをすると恐れられ、赤き風の返り血王と呼ばれていた。

イシュラースへ来たばかりの頃、その異名をリティルもシェラも信じることができなかった。あの、物静かで優しいインのイメージからかけ離れていたからだ。

そういえば、彼はリティルにこう言っていた。寂しそうな、彼には珍しく僅かな恐れの滲む声だったことを今でも鮮明に覚えている。

――イシュラースへ戻れば、嫌でも十四代目風の王の噂は耳に入るだろう。我の悪行の数々。それを知って離れていく心を、我は知らずにすむ――……

そんなことはない。彼の事を、皆誤解しているだけなのだ。あの冷たい瞳が、誤解させているだけだ。リティルは十四代目風の王・インの恐ろしい逸話を聞くたびに、そう言い聞かせた。

実際に、被害は最小限で、それを語る者達は皆命を救われていた。それなのに……リティルは何度も悔しい思いをした。助けることのできた者達から慕われるたび、今代の風の王は強くて優しいと言われるたびに、リティルはインを想った。

オレだけは、オレとシェラだけは、おまえの本当の姿を知っている。と――

しかし、破壊の精霊とのことは別だった。

 イシュラースは、精霊王の下一つであるわけではない。

太陽を司る精霊王の支配するセクルースと、月を司る幻夢帝の支配するルキルースに分かれているのだ。

破壊の精霊は、ルキルースからここセクルースへ侵入し、破壊行為を繰り返していた。それは、今に始まったことではない。十四代目風の王・インと、行動を共にしていた時も彼の精霊は変わらず壊して回っていたのだ。

「破壊の精霊・ケルディアスが、どうしたって?」

リティルの瞳が鋭くなった。そして、声色が低く落ち着いた。

それを見たシェラは、とうとうこの日が来てしまったのだと思った。リティルとケルディアスの運命が交わる。インのあるのかもしれないもう一つの顔を知れば、リティルはまた傷つくかもしれない。それでも、夫は行くのだろう。インの息子として。


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