もふもふの妖怪
軍医殿曰く、ガダルカナル島での帝国陸軍の食糧事情はあまりに深刻なものだったそうだ。つまり、他人の屍を食らうほど壮絶な光景があったので、今も夢に出てきて忘れられないのだ。例えば一人の軍曹殿が倒れた時、近寄った一等兵が助け起こすのかと思って見ていたら、屍体の肉を削ぎ落とそうと短刀を抜く様子が目に入って、これはいけないと、曹長殿が止めに入らねばならなかった。
そういう次第であるから、皆、食物にできるものもできないものも探し出し、何でも口に運び、飲み込み、腹の足しにしていたわけである。今にすれば酷いようだが、動物も昆虫もすべて糧として喰らっていた。
ただし、忘れられぬ理由はそれだけでなかった。
ただ喰らっているだけでは按配が細る一方であるから、どうにか現地で食糧を増やす手は無いものか、古参兵が挙って考えていたのも無理からぬ話である。そこへ斥候に出した伍長の一人が、密林の奥で奇怪な生き物を見つけたと報告を上げた。それはもふもふと和毛を纏っており、群れを為して集まり、窮屈な穴倉を巣にしているとのことであった。いみじき神の計らいだと皆が思ったわけで、すぐさま捕獲のため隊伍が組まれた。
生き物は太った兎に似て、だが子豚ほどの体躯で四足に鈍重。目と耳は退化したようで見当たらず、小豆程度の鼻と咀嚼を繰り返す口だけが頭の位置にあった。養育して増やせばきっと肉が手に入ると誰もが歓んで、無理やり穴倉から引きずりだして野営地まで運ぶことに相成った。少尉殿が如何なる動物か調べたが、どの文献にも載っていなかった。
やはり奇妙なわけだが、いずれ肉になるのだから些細なことだと皆が納得した。しかし、雄も雌も区別がつかないので柵の内に閉じ込めて交尾に及ぶまで交代で伺ったのだが、途中で空腹に耐えきれなくなった者があった。次の朝、数えると一匹いなくなっていて、二等兵の一人もどこかに隠れてしまった。
弾薬よりも食糧のほうが大事だったので捜索隊が派遣されることになったわけだが、そこで軍医殿も同行したのが運の尽きであった。密林の奥で生き物を見つけた穴倉の傍に、二等兵の汚れた軍服が落ちているのを伍長が見つけたが、穴倉の中に一匹だけ、和毛の薄い生き物が潜んでいた。
その横腹に隠れた二等兵の顔そっくりの痣があったのを見て、全員がひっくり返った。生き物は全部、元いた場所に返された。




