98『敗北』
口にこそ出さないが警備隊長の考えている事など、手に取るようにわかる。
彼とジェラルディンの間で火花が散るような、そんな状況であった。
「ルディン殿にはまことに申し訳無いのだが、3つの村での【鑑定】を是非にもお願いしたい」
「それなら……私はラルケに向かいたいと思いますわ。
どれだけできるかわかりませんが、感染源を突き止めたいと思います」
小さな村の機能が数日止まるよりも、鉱山都市であるラルケが麻痺してしまう方がよほど問題がある。
しかしジェラルディンがラルケに行って、この度の感染に関する謎解きが出来るかどうかは未知数なのだ。
「それは……もちろんお願いしたいが反面、鑑定出来る者の絶対数が少ないのです」
ジェラルディンは警備隊長を睨みつけた。
「それは私には関係ないでしょう?
あなたたちは一体どれだけ私に甘えるおつもり?」
警備隊長はぐうの音も出ない。
「ではこうしましょう。
隔離しているあの母子の見張りだけ残して、あとは全員この野営場から撤収します。
乗り合い馬車の皆さんには申し訳ないですが、ラルケでの聴取のために付き合っていただきます。
その途中で【鑑定】致しましょう」
ジェラルディンは自分の甘さにげんなりしながら、結果的には思い通りになった警備隊長を睨め付けた。
「そのかわり、ラルケの代官の説得はお願いしますわよ?
今回の件は、ひとつ間違えたらラルケの町の閉鎖に繋がる、責任重大ですわよ」
警備隊長は頷くしかない。
「主人様はお優しいですね」
ラドヤードの言葉にジェラルディンは自笑する。
「本当に嫌になるわね。
出来れば今すぐにでも、すべてを放り出してトンズラしたいわ。
あなたがいなければ影空間に潜って、姿を消したでしょうね。
そうね、テュバキュローシスでなければ無視したわ」
だが、薬師として医術を齧ったジェラルディンは、この病気の恐ろしさを十分に知っていた。
祖国と、たった2つ国を挟んだくらいでは安心出来ない。
現に前回感染爆発した約200年前、この病気は大陸の各地に蔓延し、当時の人口(平民)の3割を失った。
特にジェラルディンの祖国ベアクマイスは人口の5割を失い、先代の国王と貴族たちはその国難に一致団結して立ち向かったのだ。
たった数代前のこの出来事は、貴族たちにもトラウマとして刻み込まれていた。
翌朝ひと足先に、兵士とともに出発したジェラルディンたちは、昼前にはひとつめのワビ村に到着した。
すぐに兵士たちが村人を集めてきて、ジェラルディン自身は村に入らないまま、鑑定を行った。
小規模なワビ村の村人は53名。
そのすべての人間を並ばせて、ジェラルディンは一気に鑑定を行った。
「全員白よ。
誰も感染していないわ。
この村の閉鎖を解除して差し支えないでしょう」
集められた村人の顔に安堵の表情が浮かぶ。
たった1日の事だったが、恐怖と疑心暗鬼ですっかり衰弱していたのだ。




