94『隔離』
どのように言い聞かせたのか知らないが、わりとあっさり母子は用意されたテントに移っていった。
そしてすぐにラドヤードがテントをぐるりと囲むように結界石を置く。今回は中から外に出られないように結界が張られた。
そこから少し離れたところに焚き火が熾してあって、冒険者たちが口に巻いていた布がすぐに燃やされていく。
「ご苦労様。
あなたたちにはこのテントの中で服を脱いでもらいたいの。
そしてまずはこれで手を洗ってちょうだい」
面食らっている冒険者たちに差し出されたのは数本の酒瓶だ。
それは酒精が強いと有名な酒で、慣れない者が飲むと喉が焼けると言われるほどの酒だった。
「飲んでは駄目よ。
これで殺菌すれば、皆大丈夫。
でも持ち物は……焼却処分できれば安心なのだけど、無理なら消毒するわ」
あまりの展開について行けない冒険者たちは、ジェラルディンの言う通りに装備を外し、言われた通りに装備を並べていく。
テュバキュローシスの恐ろしさをよく知っている彼らは、一切逆らわずに黙々と手を洗い、酒に浸した布で全身を拭いていた。
頭はどうしようかと悩んでいたジェラルディンだが、指図するまでもなく彼らは自主的に頭から酒をかぶっていた。
そんな様子を眺めていた乗り合い馬車の乗客たちは、次は自分たちの番だと覚悟を決めていた。
「皆さん!
自身の消毒が終わった方はもう感染の可能性はありません。
ただ、着衣や装備、荷物などは処分した方が安心なのですが、熱湯やお酒を使った消毒が可能です」
ジェラルディンが令嬢とは思えないような大声ではっきりと感染を否定したことで、ようやく彼らに笑みが浮かんだ。
「皆さんのご協力に感謝します。
もうすぐペン村から警備隊の皆さんが駆けつけて下さいますので、それまでに個々が出来ることはやってしまいましょう」
その後ジェラルディンは影空間を使って侯爵邸に戻り、用意させていた追加の酒や服などを受け取った。
そして最後に見慣れない、不恰好な道具を渡された。
「お嬢様、これは噴霧器と申しまして、庭園で肥料などを撒くものです。
これで酒を噴霧して消毒なされたらいかがでしょうか」
それを見たジェラルディンの目が輝いた。
その後、使い方を聞いたジェラルディンは急いで元の野営地に戻っていく。
「あなたたちはこちらのテントで休んでいて下さい」
テントというよりタープに近いものが3つ張られ、中にはテーブルや椅子。
そして紅茶や軽食が用意されていた。
ここは最初から母子との接触がなかったものたちが集められている。
まずはペン村への報告を引き受けてくれた冒険者が所属する冒険者パーティー、女性2名男性3名。
ロバが引く小型馬車を持つ、おそらく親子だろう2名の行商人。
あとは旅の途中に知り合って意気投合し、同行している3名。
あと冒険者だろう1名。
「警備隊が到着したら、皆さんに関しては解放出来ると思います。
でも、これから聴取が行われると思いますが、あの母子の通ってきた村や町は公に安全宣言が出るまで気をつけた方がいいと思います」
何しろ今は何もわからない状況だ。
そして、それを明らかにするのはジェラルディンの仕事ではない。
ただ、この先の目的地に向かうことが出来ないため、暇を潰している状況だった。




