93『テュバキュローシス』
【テュバキュローシス】とは治療法のない死病だ。
症状は、初期は身体が怠い、疲れやすい、といったものだが中期である拡散期に入ると咳が出始め、微熱や節々の痛みなど、一見風邪のような症状が現れる。そして何よりも恐ろしいのは、この時期に入ると咳などによって空気感染が起きることだ。
そして、感染が広がると過去には町が一つ滅んだこともある、恐怖とともに語られる伝染病なのだ。
「シャキッとなさい。
あなたにはこれからしてもらうことがたくさんあるのよ。
まず、あなたお名前は?」
「……ハンスと申します。お嬢様」
「ではハンス、まずは母子を除いた乗客を馬車から降ろしてこのゲルの近くまで連れてらっしゃい。
それからこの野営地から近いのはペン村かしら?
それともこの先の村?」
「ほとんど同じですがワビ村の方がわずかに近いかと」
「あなたたちはどちらからきたの?」
「ワビ村の方からです」
「わかったわ。
乗客と護衛の冒険者もいるのよね?
みんな連れてらっしゃい。
いいこと?平静を装っていくのよ」
コクコクと頷いた御者ハンスはゲルから出て、小走りで馬車に向かっていった。
「煩わしい事になったわね。
……放り投げて逃げ出したいところだけど、もし感染が広がったらここだけの話では済まなくなるものね」
ジェラルディンは冷めて温くなった紅茶を一口飲んで立ち上がった。
「最低限の無償支援はしょうがないかしらね……
テントはいく張りいるかしら。
消毒用の強いお酒と、ああ、もう考えがまとまらないわ」
「主人様。
俺は何をすれば良いですか?」
「まず、これから来る馬車の乗客たちを鑑定するわ。
念のためこの野営地にいる全員を鑑定するので、他の人たちも集めてちょうだい。
そうね、貴族の娘がスープを配るとでも言って連れてきなさい」
「わかりました」
「その前に大型のテントをひと張り出しておいて。
場所はすぐそこでいいわ」
ラドヤードが入り口の布を開けると、馬車の乗客たちがゾロゾロとこちらに向かって歩いて来る。
「ではラド、お願いね」
そしてジェラルディンは、その視線をこちらに向かって来る男たちに向けた。
見たところ冒険者風の男が5人、それ以外が7人いる。
そのすべての人間をジェラルディンは慎重に【鑑定】した。
「良かった……
感染はしていないわ。
ハンス、大丈夫よ」
それを聞いたハンスは脱力して、その場にへなへなと座り込んでしまう。
事情がわからない乗客たちは皆、顔を見合わせて戸惑っていた。
「皆さん、どうかこちらへ。
このテントの中でしばらく待っていて下さい」
その間に簡単な説明をハンスに頼むと、ジェラルディンはラドヤードに声をかけられて集まって来る旅人たちに目を向けた。
彼、彼女らはあの母子と接触していないはずだが、一応念のためだ。
「これから尋ねる事は嘘偽りなく、正直に答えてください。
あなた方は昨日、あの乗り合い馬車の乗客の母子と接触を持ちましたか?」
全員が訝しげに、そして否定した。
【鑑定】の結果も感染していない。
彼、彼女らには正直に事情を話して、アイテムバッグに死蔵されていたサンドイッチを配った。
そしてペン村方向へ行く旅人には許可を出したが、ワビ村に向かうのはしばらくやめた方が良いと説得する。
「ほんの数日の事だからペン村で待機していた方がいいと思うの。
問題ないとわかった方が安心でしょう?」
彼、彼女らは病名を聞くと納得してくれた。
足留めを食う事になる冒険者パーティーなどは、何か協力出来ることはないかと申し出てくれた。
「ではどなたかペン村に行って、ここで何が起きているか報告してほしいのです。
そうだわ!私、手紙を書きます」
ジェラルディンはペン村の警備隊長に、この度の詳細な情報をしたためた。
馬車から馬が外され、裸馬だがそれに乗ってペン村へ急ぐ冒険者を見送り、ジェラルディンは乗り合い馬車の護衛を呼び出した。
「あの母子を隔離します。
これから小型のテントと最低限の備品と食糧を出します。
何とか接触しないようにテントに追い込んでもらえませんか?」
ジェラルディンから渡された布を口に巻き、5人は馬車に向かっていった。




