86『ペン村到着』
領境を越え約半日。
ジェラルディンとラドヤードがたどり着いたのはこじんまりとした村だった。
「こんにちは、旅人殿。
今夜はこちらでお泊まりですか?
申し訳ないですが、身分を証明できるものを提示していただけますか?」
街道沿いにだけ打ち込まれた木杭の壁に、馬車などが通れるだけの開きの門がある。
そこに見張りの兵が1人立って訪問者に誰何しているのだ。
「はい、私と彼のギルドカードでお願いします」
そう言って手渡されたギルドカードを確かめて、兵士は笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。
お手数お掛けしました。ようこそペン村へ」
開けられた門を通って中に入ると、思ったよりも人が多いことに驚いた。
それも彼らは冒険者に見える。
「ここには冒険者ギルドがあるんですよ」
兵士はわざわざその場所を指し示し、宿まで紹介してくれた。
「親切な兵士でしたね」
ラドヤードは感心していた。
おしなべて兵士とはやたら権力を誇示したがる者たちである。
ここまで腰が低いのは珍しいを通り越して稀有である。
「本当ね。
さあ、まずはギルドに行ってそれから宿に行きましょう」
この時、ジェラルディンは冒険者が多いことを深く考えていなかった。
「え?
お部屋がないんですの?」
この村にある宿屋の最後の3軒目、ジェラルディンは動揺して目を瞬いた。
「はい、本当にごめんなさい」
ぺこぺこと頭を下げる女将は気の良さそうな老婆である。
「困ったわね。ラド、どうしましょう?」
宿から出たジェラルディンたちは自然と門に足を向けていた。
「一度外に出て、いつものように森の中にゲルを出しましょう」
「そうね、そうしましょうか」
門に近づき、外に出ようとするふたりを呼び止め、その理由を聞いた兵士は慌てた。
「これから外に出るなんてとんでもない!
それどころか野営するって……
ちょっと待っててくれ」
もうその口調は崩れ、素が出ている。
慌てて隣接する詰所に引っ込んだ兵士は上役と思われる兵士を連れて戻ってきた。
「今、彼から聞いたのだが、外で野営するというのは本当ですか?」
「ええ、宿が取れなくて……
私たちは野営に慣れていますので大丈夫ですよ」
「そう言うわけにはいかない。
どうでしょう、今夜だけ私の権限でここで野営をなさったら?
今までもなかったわけではないですし」
そう言って指し示したのは入村してすぐの広場である。
そこには湧き水を使った水飲み場もある。
ラドヤードがジェラルディンを見た。
ジェラルディンは笑みを浮かべて礼を言う。
「ありがとうございます。
お言葉に甘えて、こちらで野営させていただきますわ」
こうしてジェラルディンたちは今夜の野営場所を手に入れた。




