83『ようやくひと段落』
国境近くの2つの村であったことを、自分たちが話せる範囲の情報を話して、ようやくギルドを出たときはもうとっくに陽は落ちて、あたりは暗闇に包まれていた。
「先に宿をとっておくべきだったかしら……お部屋、あると思う?」
「なるべく高級な宿を探すべきです。
高級宿はめったなことで満員になりませんから」
再びギルドに戻ったふたりは職員に高級宿の場所を聞き、そこに向かうとラドヤードの言う通り、一泊金貨5枚の部屋をとることが出来た。
ここは主人とは別に使用人の部屋がある、ジェラルディンとしては慣れ親しんだ形式だ。
「今夜の食事は部屋で摂りましょう。
私は夕食を調達してくるわ。
あなたは先に入浴してらっしゃい」
そう言ってジェラルディンは影の中に潜っていった。
「いつも突然来て悪いわね。
こんな時間から申し訳ないのだけど夕食を2人分、いえ4人分お願いできるかしら。
私の分以外は一皿に盛ってくれてよいわ」
バートリはまだ見ぬ護衛の男の食欲に想いを馳せる。
「お願いしている間に、私は入浴してくるわ。
誰か寄越してちょうだい」
自室に向かったジェラルディンを迎えたのは専属侍女のタリアである。
彼女はもう入浴の準備を調えていた。
「おかえりなさいませ、ジェラルディン様。
さあ、こちらにいらして下さい」
主人が居なくても毎日張られる湯に愛用の香油が垂らされ、薔薇の良い香りが広がった。
タリアの介添えを受けて湯槽に足を入れたジェラルディンは、好みの湯温に溜息をついた。
「さあ、ゆっくりと温まって下さいませ」
袖を捲り上げたタリアの手がせわしなく動き、ジェラルディンの身体をマッサージしていく。
特に脚は念入りにほぐして、思わず痛みを訴えたジェラルディンを宥めて、手のひらを滑らせた。
「遅くなってごめんなさいね」
ラドヤードとしてもずいぶんと長湯したのち、着替えも済ませて主人を待っていると、室内着に着替えたジェラルディンが戻ってきた。
途端に室内に甘い香油の香りが漂った。
「家で夕食を作らせていたの。
ラドの分もたくさんあるのよ。
お腹いっぱい食べてちょうだい」
まずテーブルに出されたのは積み上がった大量のステーキだ。
突然のジェラルディンの注文にシェフがまず取り掛かったのは、熟成室から肉を取ってくることだった。
分厚くカットし、塩胡椒を振って下拵えする。
あとは助手たちとフライパンを並べて、一気に焼いていく。
スープはジェラルディンのために作ってアイテムボックスに保存していた、コーンとひよこ豆の濃厚なスープ。
サラダは水に晒したみじん切りの玉ねぎとアボカドのサラダ。
ジェラルディンのためにアスパラと生ハムのゼリー寄せを加えた。
「さあ、いただきましょう。
たくさん食べてちょうだいね」
ラドヤードが素晴らしい肉質のステーキに舌鼓を打ったのは無理もなかった。
「ねぇ、ちょっと聞いてくれるかしら」
食事が終わりまったりとした時間を過ごしていたラドヤードは、ジェラルディンの言葉に姿勢を正した。
「今回の一件、エルフ絡みだったの」
ラドヤードたち平民にとってエルフとは御伽の中の存在だった。
「エルフ……本当にいるのですか?」
ラドヤードは信じられないとばかりに目を見開いている。
「ごく稀にだけど、姿を現わすようね。私も今回、初めて見たわ」
「主人様、それでは……」
「例の盗賊団はそのエルフを狙っていたの。
ひょっとするともう販売先も決まっていたかもしれないわね」
「それでどうなさるのですか」
ラドヤードは盗賊団の末路は聞いていたがエルフに関しては初耳だった。
そんなラドヤードに向かってジェラルディンは、自分の首の前で手刀を横に引いて見せた。
「もう終わっているわ」




