80『エルフ』
エルフと言う亜人が人間と相容れないわけ、それは【魔法】を使う種族であるということに限る。
遥かなる古代【御使いの方々】は自分たちと自分たちの子孫の特別性を強調するため、既存の魔法種族であるエルフを弾圧し、迫害した。
そしてある空間に閉じ込めて、決して出て来れないようにしたのだ。
そんな彼らが種族を絶滅させなかったのは【御使いの方々】の余裕だったのだろう。
ジェラルディンはそのエルフの女性に近づき、噛まされていた猿轡を取り去った。
「助けて下さい!」
開口一番、挨拶も自己紹介もなく救助への懇願が飛び出し、ジェラルディンの眉が顰められる。
この世界の王族や貴族にとって、エルフの印象はすこぶる悪い。
ジェラルディンも嫌悪の感情を隠そうともせず、彼女に対峙していた。
当然、拘束を解こうともせず観察している。
「その前に聞きたいことがあるのだけど……あなたはどうやってここに、いえ、この世界に来たの?」
エルフが界渡りしている。
これは由々しき事態である。
「わかりません。
気づいたら見知らぬ森にいて、そのあとあの人たちに捕まって」
訛りの強い言葉で一生懸命説明しようとしてくるエルフは、その目で拘束を解いて欲しいと訴えてくる。
「あなたの他にもエルフはいるの?」
「わかりません。
私は会ったことないです」
転移か召喚か。
突発的な自然現象なのか故意の仕業なのか。
どちらにしても存在してはならないものだ。
「あなたを捕らえたのはどんなものたち?」
「わかりません。
皆、同じに見えて。でもここの人たちとは着ているものが違いました」
突然移動した後捕獲したもの、おそらく買い取った商人、そして何故かその情報を得て隊商を襲い強奪した盗賊団。
何者かの意図を感じて、ジェラルディンは唇を噛み締めた。
「あなたの住んでいたところで、今まであなたのように突然いなくなったエルフっているのかしら?」
「私の周りではあまり聞きませんが、そういう言い伝えはあります」
今度こそジェラルディンの眉尻が吊り上がった。
それは自分たちの社会に、最も忌むべきものたちが昔から紛れ込んでいると言うこと。
それは看過できないことだ。
「その他に何か見聞きしたことはない?」
エルフの女性は自分を捕らえるこの縄を解いてほしくて、必死に応えようとしている。
「私たちの里では段々とその人数が減っていて、滅んだ里も多いんです」
ジェラルディンはその答えを聞きながら、このあとの事を考えて思案していた。
「どうかお願いします。
ここから下ろしてもらえませんか」
「そうね、そのままでは辛いわよね」
ようやく手足が自由になると、エルフの顔に微笑みが広がった。
だが次の瞬間。
「う、ぁ?」
自分の胸から生える黒い棘。
それがこのエルフの女性の見た、生前最後の光景だった。




