8『ザオーディンの門』
ハーベイト伯爵領には3つの大きな町がある。
ここはその一つ、王領との境を越えてすぐにある “ 関所の町 ”ザオーディンだ。
その町をぐるりと取り囲む壁の一ヶ所に門が設えられて、この町に出入りするものすべてを憲兵が検分していた。
「もうすぐ日暮れだな。
今日はもう入街者は終わりかな」
「そうだな。今日は時間通りに……
おい!あそこを見ろ!
誰かこっちに向かって来てるぞ。
それもひとりでだ!」
「本当だ!
ちょっと待て! 子供じゃないのか!?」
門番の兵士がひとり、駆け出していく。
叫びながらこちらに向かってくる兵士を見て、びっくりしたのはジェラルディンの方だ。咄嗟に影の中に隠れようかと思ったが、グッと我慢して思い留まった。
「こんにちは。どうかなさいました?」
引き攣りそうな頬の筋肉を叱咤して、ぎこちない笑みを浮かべて憲兵を見上げる。
「おい、それも女の子かよ!
お嬢ちゃん、ひとりなのか?
連れはいないのか?!」
矢継ぎ早に話しかけられて面食らってしまったジェラルディンは、困ったように目を伏せた。
「とにかくこっちへ。
ずっと歩きか?ひとりで?」
屈強な兵士に持ち上げるようにして運ばれたジェラルディンは、門に着くなりようやく自由にしてもらえた。物珍しそうにあたりを見回して首を傾げる。
「申し訳無いのですが、私身分証を持っていないのです。
このような場合、どうすれば良いのでしょう?」
「お、おお。その場合、このザオーディンでは入街料として銀貨5枚をもらう事になる。
だがもし、この町で身分証を作成した場合、提示してもらえればそのうちの銀貨3枚を返却出来るんだ」
「わかりました」
ジェラルディンはこの町に入るために偽装したウエストポーチから銀貨5枚を取り出し兵士に渡した。
そしてこれからどうすれば良いのか、優先順位を考える。
……まずは宿を取るべきなのか。
その前にギルドで換金?
いやいや、その前に大事な事があった。
「あの、すみません……
ちょっとお話があるんですけど」
「ん? どうした?」
膝を曲げて、視線を合わしてくれる兵士にどう伝えればよいものか。
ジェラルディンは戸惑っている。
「ええと、あの……ですね」
何やら悩んでいるのが身悶えしたくなるほど可愛い。
夕刻の閉門時間近くにやって来た子供は、亜麻色の髪と青い瞳のとんでもない美少女だった。
普段癒しの少ない兵士たちが集まってきて少女を取り囲む。
その時ようやく思い切りがついたのか、何かを言いたそうにしていた口が開いた。
「届け出ないといけないものがあるんです。
少し場所を取るのでここではちょっと……」
ここで、何かを察した兵士長が奥から姿を現した。
「お嬢さん、では中庭ではどうだろうか。
もちろん、街中からは見えなくなっている」
「では、そちらに」
兵士長に伴われて壁の内側の通路を進み、普段は兵士の訓練や点呼に使われているだろう広場に向かった。
そしてジェラルディンがアイテムバッグに手をかけて、取り出したモノに目を瞠る。
「おい、嬢ちゃん、そいつは!」
「はい、ここに来るまでの街道で遭遇しましたので、成敗致しました」
そう言いながらも続けて地面に積み上がっていく盗賊たちの骸。
兵士長はこの連中が盗賊団【真紅の狼】であり、懸賞首である首領を見つけて叫び声をあげた。
「嬢ちゃん、こいつら、一体、どういう事だ!?」
驚きすぎて言葉がおかしくなっている兵士長の前に、30人全員を積み上げて、ジェラルディンは真剣な表情で話し始めた。
「私が通りかかった時、この連中は商人と思われる馬車を襲った直後だったようで、荷を運ぼうとしていました。
それで討伐したのです。
……私では生かしたまま、ここに連れて来る事が出来なかったので。
あの、駄目でしたか?」
一言も発しない兵士長に、ジェラルディンは不安になってしまう。
「いや、そうじゃないんだ。
ただ嬢ちゃんがひとりで討伐したのにびっくりしただけで」
チラリと盗賊たちの様子を見たところ、ニードル系の魔法で貫かれたような傷がある骸と、まったく傷が見当たらず死因が不明の骸があった。
「何にしても嬢ちゃん、よくやってくれた。
こいつらは神出鬼没で中々尻尾がつかめない奴らだったんだ。
討伐報酬は期待してくれていいぞ」
「あの、それから……
もう少しちゃんとした場所、ありませんか?」
ジェラルディンは兵士長のサーコートの裾を掴んで、物憂げに見上げた。
その様子に感じるものがあったのだろう。すぐに兵士長は周りの兵士に指図してひとつの部屋を開けさせた。
「ここは有事の時の治療に使う場所だ。ここでどうだ?」
「はい、ここなら簡易寝台もあって、地面に直に置かなくて済みます。
……まずは護衛の冒険者の方、8人です」
兵士長を始め、この場にいるものは皆、息を呑んだ。
「ごめんなさい。布とか持ってなくて、そのままなんです」
それでもひとりひとり、寝台に横たえられた遺体の着衣は整えられており、その手は胸の上で組まれている。
「いや、ここまでしてもらって……十分だ」
次にジェラルディンは御者の2人と商人の従者であろう青年と少年を安置した。
最後に商人の遺体を寝台に安置すると、兵士の中から啜り泣きが聞こえてくる。
「バジョナさん……」