75『ラドヤードと兵士』
囚われた盗賊の男の周りに結界石を置いたまま、ジェラルディンはゲルの中に戻ってきていた。
ついでに見てきたのはこの場に残っていた警備兵の数、総勢たったの3名であった。
「隣村に向かった警備隊はおそらく間に合わなかっただろうって言っているわ。
あの男もギリギリ嘘にはならない、でもすべて事実を言ったわけじゃないようよ。
願わくば返り討ちにして、襲撃対象からお宝を奪い取って逃げられるのではないかって思っているみたいね。
私はこれから影に潜って隣村の様子を見てくるわ。
そのあと、賊のあとを尾ける事が出来れば拠点を確かめてきます」
「主人様、俺は……」
「ラドには重要な任務があるわよ。
あなたはここにいて、なるべく兵士たちの前に姿を晒して欲しいの。
いわゆるアリバイってもの?
私は疲れて眠っていることにしておけば、わざわざ女性の寝所を覗くものはいないでしょう」
「わかりました。お気をつけて」
ジェラルディンは一応、ゲルの奥にベッドを出した。
そして視線を遮るパーテンションを設置し、ご丁寧に上掛け布団の下に毛布を丸めて人が横たわっているように膨らませておく。
「うふふ、こんなことをするのは小さかった頃以来ね。
あの時はばあやに散々叱られたわ」
小さな頃からやんちゃだった主人を想像して、ラドヤードは口角を緩める。
「さて、そろそろ行ってくるわ。
ぐずぐずしていて、逃げられたら元も子もないからね」
そう言ってジェラルディンはまた、音もなく消えていった。
ラドヤードはゲルの入り口の布を弛めて外を覗いてみると、兵士3人が所在無さげに佇んでいる。
ラドヤードは背もたれのない椅子を持って外に出た。
もう陽は沈み、あたりは薄暮となっている。
「兵隊さんたち、もう飯は食ったかい?」
ラドヤードは気さくに声をかけた。
このようなもの言いをするのはいつ振りであろうか。
「いや、これからだ」
兵士のひとりがいささか警戒しながらも応えを返してくれた。
「主人様と俺はもう済んだんだが、まあ色々残ってるんだ。
もし良ければ食わないかい?
主人様が提供してはどうかと仰っている」
「いいのか?」
彼らはこれから、カビ臭く硬いパンと塩辛すぎる干し肉、そして水で味気ない夕食を摂るところだった。
「ああ、何か台になる木箱でもあれば持ってきてくれるか?
俺は主人様の護衛なのでここから離れられないんだ」
「わかった、台になる木箱だな。
今取ってくる!」
ひとりが自分たちのテントの方に走り出した。あとのふたりは椅子になるものを探しに行っている。
「よし、台を持って来たぞ!」
兵士たちは貴族の食事に興味津々だ。
「やっぱり肉がいいよな?
パンはいるか?」
ラドヤードがアイテムバッグから取り出した、鶏の骨付きモモ肉のグリルに兵士たちの目は釘付けだ。
「おおっ!!」
「次のこいつはフライングカウのステーキだ。珍しい肉だから味わって食ってくれ」
両手に肉を持つ兵士たちは一言も話す事なく、ひたすら咀嚼している。
それを見てラドヤードは、ニンマリと悪い笑みを浮かべていた。
「それと、なぁ。
こんなものもあるんだが、せっかくだからどうだ?」
次に取り出したものに兵士は歓声をあげた。ラドヤードの手には赤ワインの瓶がある。
「そんなに強い酒じゃないから大丈夫だろう?」
兵士は争うようにカップを差し出した。




