7『盗賊』
冬前にある程度移動するために、後ろ髪を引かれる思いで【魔獣の巣】を後にする。
ジェラルディンは自分の印象が残りそうな村や小規模な町は素通りし、数日後王領ではない、貴族が治める領地に入った。
ここはすでに、ジェラルディンが寄り道をしている間に追手や捜索隊が通り過ぎている。彼女は意図せずして危機を回避していたのだ。
……本人はまったく頓着していないのだが。
「ハーベイト伯爵の領地に入った途端これって、一体どうなっているのかしら」
さっきまでジェラルディンは森の中で採取をしていた。
すっかり素材採集にはまった彼女は、それでもしっかりと髪と瞳の色を変えて移動していた。
ダンスのレッスンで鍛えた脚力は侮れない。ほぼ一日中探索していてもその歩みは乱れない、令嬢らしくない体力の持ち主である。
さて、そんなジェラルディンが憤慨しているのは、目の前に広がっている光景に対してである。
今日も彼女は気分良く採取をしていたのだが突然【鑑定】で奇妙な反応を見つけたのだ。
それはどうやら街道にあるようで、ジェラルディンは警戒しながらもその場所に近づいていった。
「はは〜
これはアレですわね。
冒険ものの本に出てくる “ 盗賊団とそれらに襲われた一行 ”と言うものではありませんか?!」
森の木々の影に隠れたジェラルディンは、引き続き考えを巡らせた。
「こう言う場合は確か討伐報酬が支払われるのですわよね。
持ち物すべても討伐者のものになる。
まぁ!被害者の荷を纏め始めたわ」
ちなみに被害者は商人と護衛の冒険者のようだ。すでに全員事切れている。
「本当は生きたまま憲兵に突き出した方が報償金が多いと書いてあったのだけど……私には無理ね」
娯楽小説の知識だけで、盗賊団の討伐を決意する令嬢。
ワクワクしながらもそっと、街道に足を踏み出した。
裕福な商人の一行を襲った盗賊団は総勢30人。
綿密な計画ののち襲撃した彼らは、まずは護衛の冒険者8人を無力化し、そして商人を殺して2両の馬車を手に入れた。
それをアジトに持って帰る算段をしている最中、突然森の中から現れたその人物を見て呆気にとられていた。
そこには、どう見ても子供にしか見えない、高身長の者が多いこの国ではかなり低い部類の150cm足らずの少女が立ち塞がっていた。
「罪のない人々の命を奪い、荷を盗む、そんなあなたたちをこの私が成敗して差し上げますわ」
今まで聞いたこともない上品な物言いに、盗賊全員が呆然としている。
そして次に広がったのは下卑た笑いだった。
「ぎゃはははー
お嬢ちゃん、何いってるのかな?
それよりもこっちにおいでよ。
もうちょっと育った方が好みなんだけど、可愛がってやるからさあ」
「小説の中の盗賊と同じような事を仰るのね。
お断り致しますわ。私にも好みがあるんですの」
その盗賊はジェラルディンに返事を返す事が出来なかった。
突然影の中から現れた黒光りする鋭い棘に、その身体を貫かれたのだ。
その場にいた他の盗賊たちは最初の衝撃から立ち直って剣を抜こうとする。
だがその前に、ジェラルディンが手をひと振りするするだけで、彼方此方で同じ光景が繰り返された。
「くそぉ、この野郎!!」
『野郎じゃないけど』
そんなふうに思いながら、残った盗賊たちに視線を向ける。
「対象補足、位置確定……収納」
たったひとりの女の子に向かって剣を向けていた盗賊たちの姿が一瞬で消える。
ジェラルディンは、本来は生き物を収納できない異空間収納へ、盗賊たちを収納した。そのため彼らは瞬時に命を絶たれてしまった事になる。
「ひぃ……助けてくれ」
影の棘に貫かれて死ぬ事が出来なかった盗賊がひとりふたりいるようだ。
ジェラルディンはそのうちのひとりの元に静かに向かった。
「ねえ、アジトはこの近くにあるの?」
「何でも話す!何でも話すから殺さないでくれ!」
盗賊団でも下っ端だったのだろう。まだ年若い男は肩と腰のあたりから血を流してしゃがみこんでいた。
「そうね、ちゃんと教えて下さるなら、解放してあげても良くってよ?」