6『初めての採取と初めての討伐』
結局10日間、衛星都市ゴバを観察したジェラルディンは、市井の暮らしの細やかなところを見て回った。
例えば市場。
ここでの買い物の仕方を初めて見た彼女は、それをよく頭に叩き込んだ。
なんと言ってもジェラルディンは、買い物と言えば侯爵邸に商人を呼んで、彼らが携えてきた商品から選ぶ事で終えていた。直接金銭のやり取りなどした事がなく、銅貨に関しては知識としては知っていたが、今回初めて目にした。
「まぁ、市場では滅多に金貨が使われないということがわかってよかったわ。
でも困ったわね……私の持ってるお金はほとんど金貨なのに」
貨幣の価値は、知識としては頭に入っているが、実際にそれを使うのは別だ。
「鉄貨100枚=銅貨1枚、銅貨10枚=銀貨1枚、銀貨10枚=金貨1枚、金貨1000枚=白金貨1枚なのよね。
出来ればもっと銅貨や銀貨を手に入れたいけど……
両替? それとも何か買い物をして崩す?」
ジェラルディンが考えている旅のプランは、これからなるべく早くこのゴバを出発し、次の大きな町に向かう。
そしてそこで買い物などをし、乗合馬車を探してさらに王都から離れるつもりだ。
最終的には隣国へと向かい、住みやすそうなところを探して定住するつもりでいる。
ゴバを出発して2日。
ジェラルディンは街道を外れて、森の中を進んでいた。
今日は、初めての採取を行うにあたって、まず生活魔法の【色変え】で髪をこの国では珍しくない亜麻色に、瞳は青色に変えた。そして生活魔法の上位魔法である【鑑定】を行使して素材を探しているのだ。
「でも、森の中ってそこらじゅうに素材があるのね。
まあ、こんな石でも素材なのね」
そんなことはない。
本来、魔力を持ち、魔法を使えるのは貴族だけだ。
【鑑定】を使えない平民は己の知識のみで採取するのだが、ジェラルディンは最初からその点がチートなのだ。
彼女の視界には今、素材の名がいっぱいに表示されている。
そのあまりの多さに、とりあえず回復の魔法薬の材料になる素材を取っていく。
「この薬草は応用も効くからたくさん欲しいわね。
邸では滅多に調薬出来なかったけど、私の性格的に向いているのかしら、楽しかったのよね。
そうだ。回復のお薬を作って売ることは出来ないかしら」
ジェラルディンは知らないが、貴族の作った魔法薬は高く売れる。
これが彼女の、これからの所得になりそうだ。
そしてその後も森の奥に向かって移動しながら、手当たり次第に採取している彼女は知らなかった。
この森が、地元では上級冒険者しか入らない魔獣の巣だとは想像も出来ない、なのでこれほど素材の山だと言うことを。
そんなジェラルディンは呑気に森を分入っていた。
「今夜はここで野営して……
そうだ! しばらくここに腰を据えて、素材を備蓄しましょう。
……あら? 何かしら」
魔獣の巣と呼ばれるからにはそれなりの密度で魔獣が生息する。
そして今まさにその魔獣がジェラルディンを獲物と見定め、近づいていた。
「まぁ!まぁ、まぁ、熊さんがこちらに来るわ! 何て大きいの!!」
熊さん……体長3mオーバーの魔獣、キラーグリズリー。
冒険者ギルドではこの魔獣をCランクの魔獣と定めていて、冒険者の推薦討伐ランクはCランク以上、ソロならBランクである。
「熊さんったら私を夕餉にしようとしているのかしら。
そうは問屋が卸さなくてよ」
キラーグリズリーにとってこの目の前にいる、武器も持たない人間は格好の餌であって、そろそろと近づいていく。そしてその爪が人間に届こうというところで、その動きを止められた。
「駄目よ、熊さん。
あら、もう聞いていないようね」
音もなく影から飛び出た鋭い棘が、キラーグリズリーの心臓を正確に貫いている。
これがジェラルディンの持つ唯一の攻撃魔法【影の棘】だ。
「これも売れるのかしら?
別に邪魔になるわけではないし、収納しておきましょうか」
ジェラルディンは【影収納】と【異空間収納】を使う事が出来るのだが、冒険者ギルドで販売することを考えて【異空間収納】に収める事にする。
バートリから、こちらなら市販のアイテムバッグだと思わせて使うことが出来ると聞いていたのだ。
その後、夕刻まで採取に勤しんだジェラルディンは、影の中の部屋に戻ってくつろいだ。