59『スタンピート』
ようやく厳しい寒さも緩んできて、積雪の量も雪かきが必要なくなるほどになった頃、来るべき春に向けて人々の心もうきうきと浮上していた。
厳冬期にはこの地を離れていた冒険者たちも、もうすぐ戻って来る、そんな時 “ それ ”は起きた。
ジェラルディンが調薬した廉価版ポーションにラベルを貼る仕事を、ラドヤードは延々と行っていた。
春になればこの家を引き払い、隣国を目指して旅に出る事になる。
ジェラルディンはそれまでになるべくたくさんのポーションや薬を卸そうと、連日【隠れ家】に篭っていた。
陽射しが暖かみを持つようになった昼下がり、異空間収納から木箱を出していたジェラルディンと、それを受け取っていたラドヤードの耳に、いつもは時を報せる鐘がけたたましく鳴らされ、それは止むことなく続いている。
「何なのでしょう、ラド」
初めての経験にジェラルディンは不安そうだ。
立ち上がったまま動く事が出来ない。
「主人様、俺が様子を見にいってきますので、家から一歩も出ないで下さい。
鍵をかけていきますが、出来れば “ 影 ”の中に避難して頂ければ安心出来るのですが」
「わかりました。
ここで、影空間に潜んでいます」
頷いたラドヤードは素早く防具を身につけると、得物のバスターソードを背負って出て行った。
その頃冒険者ギルドでは、駆け込んで来る冒険者と走り回る職員で混乱の極みであった。
いつもは3階の執務室から降りてこないギルドマスターが階段の半ばに陣取って指示を飛ばしている。
ラドヤードは一歩踏み入れて、その異常に気づいた。
「誰か!
一体何があったのか教えてくれ!」
誰もラドヤードの存在に気を留めない。
ようやくアララートの姿を見つけたラドヤードは人混みをかき分けて近づいていった。
「ラド殿! ルディン嬢は?!」
「家で待機して頂いている。
それよりこれは一体何の騒ぎだ?」
「魔獣の氾濫だ! スタンピートが起きた!!」
スタンピート。
それはダンジョンから溢れ出る “ 災厄 ”である。
その成り立ちや理由はわからないが、突然起きて、突然引く。
その途中にあるものは問答無用で飲み込まれてしまう、まさに大難であった。
「スタンピード!」
上級冒険者であったラドヤードは、その恐ろしさを身に染みて経験している。
彼がまだ若かりし頃、故郷の国からも遠く離れた国で起きたスタンピートは、小規模ながらも数多の村々や町を飲み込み、国力が落ちたその国は隣国に併合されてしまった。
「一体どこで! どんな規模だ?!」
最悪、主人を連れて逃げなければならない。
「それがっ、国境でも森でも、まして既存のダンジョンでもない。
突然街道に近い、普段村人が薪を取りに行くような浅い森にダンジョンが出来て魔獣が湧いている。
一体何が何だか、こっちが知りたい!」
そしてそこから溢れた魔獣が四方八方に広がっていき、今はもう手のつけられない状況なのだという。
ただ、まだ浅層の魔獣らしくそれほど強力なものはいないそうだ。
ゴブリン、コボルト、下位のウルフ系、オーク、オーガ、グリズリー系、ボア系などなど。
ただその数が半端なく、たまたま近くにいた冒険者たちはすでに疲弊しきっているという。
ラドヤードはそれだけの情報を仕入れると、踵を返して家に向かい爆走した。




