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57『彫金』

 魔の森と言われる森の深部に遠征したとき、ジェラルディンとラドヤードは色々な話をした。

 それはラドヤードが “ サムソン ”と呼ばれていたときの話も含んでいて、彼はそのごつい身体に似合わない繊細な趣味を持っていた事を話していた。



「タガネ……どうして」


 巾着袋から次々と取り出される、専用の道具の数々に呆然とするラドヤードに座るように促すと、最後にジェラルディンは一本の短剣を取り出した。


「大慌てで用意したのでこのくらいのものしか調達出来なかったの。

 でも腕慣らしにはちょうど良いでしょう?」


 ほんの数ヶ月前までラドヤードは、側から見ると意外な、この趣味を楽しんでいた。

 高位冒険者であった彼は高性能なアイテムバッグを持っていて、工具や彫金する物品……主にナイフや短剣なども常備していた。

 だがあの日、己の左腕と共にすべてを失ったのだ。


「主人様、ありがとうございます」


 やっと搾り出すように出した言葉は、もうそれ以上は続かなくて、ただ立ち尽くしているばかり。

 ようやく手に取った一本のタガネを見つめて動かないラドヤードを残し、ジェラルディンは二階に上がっていった。


 突然動き始めたラドヤードが、テーブルに固定用の万力を取り付け始めた。

 そしてそこに短剣をセットする。

 ラドヤードが好んで彫金していたのは短剣の根元の部分。

 短剣の刃の部分を避けて彫金する絵柄は主にドラゴンや聖獣を好んでいて、素人ながらそれなりの腕を持っていた。


 主人がその高品質なポーションで再生してくれた左手は、日常生活を送る上では何の問題もない。

 剣を振るうのは両手だが、今のところ違和感はない。

 それゆえ、これから行う彫金が初の精密作業なのでラドヤードは緊張していた。

 左手で、好んで使うサイズのタガネを持ち、右手で小金槌を持つ。

 緊張しながら刃にタガネを当てて小金槌を振り下ろした。


 夢中になって彫金し始めたラドヤードは時間も忘れて集中している。

 そっと降りてきて覗いていたジェラルディンは慈愛の笑みを浮かべていた。




「本当に申し訳ないです」


 ラドヤードがハッと気づいたのは外はもう日が暮れて真っ暗になった夜半。

 腹は空腹を訴えている。


「わかっていた事よ。気にしなくていいわ」


 すでに夕食を終えているジェラルディンは、簡易キッチンのカウンターに夕食を置いてウインクする。


「では明朝、明けの2の鐘が鳴ったら上にきてちょうだい。おやすみなさい」




【隠れ家】に戻ったジェラルディンは着衣を改め、華美ではないプリンセスラインのロングワンピース姿で王宮に向かった。


「夜分お邪魔致します。陛下」


「ジェラルディン!

 君ならいつでも大歓迎だよ」


 私室の一画にある書斎で書類に目を通していた王が、眼鏡を外して立ち上がった。

 扉の前に控えていた侍従が、音もなく外に出て行く。


「今日はどうしたんだい?」


 居間のソファーに座るように勧めると、その向かいに座った王は愛想よく笑った。


「少しご報告があって参りましたの。

 実は冬の間、定期的に侯爵邸に帰宅する事に致しました」


「それは良かった。

 では余もそなたの顔を見ることができそうだな」


「はい、お望みのままに」


「……辺境では、元気でやっているかい?」


「はい、先日は護衛とともに森に遠征に行ったのですよ。

 そこで雪豹を狩ったのです。

 ワクワク致しましたわ」


「それは凄い!」


 雪豹を狩ることができるのは高位冒険者に限られている。

 今この国に居る3人の影魔法持ちの王族の中で、ジェラルディンは防御特化された存在だったはずだ。


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