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56『ラドヤードの趣味』

「おはよう」


 もう『おはよう』と言うような時間ではない昼近く、ようやく降りてきたジェラルディンにラドヤードはホッとした。


「おはようございます。

 やはりお疲れが出ましたか?」


「疲れ? そんなのじゃないわ。

 それより昼食もひとりで食べてくれるかしら。

 このあともあちらで用事があるのよ」


 ジェラルディンがテーブルに料理を並べていく。

 保温ポットに入ったポトフ風スープ。

 バターがたっぷりと練り込まれたロールパン、薄切りにした牛系魔獣の肉を玉ねぎなどの野菜と炒めフルーティーなソースで味付けした肉料理。

 ラドヤードが絶賛したポテトサラダとデザートのオレンジ。


「ごめんなさい。

 夕食までには戻ってくるわ。

 その間、ラドは湯屋にでも行って時間を潰してくれる? 鍵はこれよ」


 鍵とともにテーブルに置かれたのは手のひらに収まる程度の巾着袋だ。


「これはお小遣いよ。

 これからはラドも欲しいものがあるならちゃんと言ってね。では夕方に」


 小走りで階段を駆け上がっていく主人を見送り、巾着袋を取り上げた。

 中を見て舌打ちする。


「奴隷にこんなに持たせて、何考えてるんだよ。

 第一、湯屋に持っていける金額じゃないだろうが」


 巾着袋にぎっしりと入っていたのは、すべて銀貨だったのだ。

 ラドヤードは巾着袋に銀貨を2枚だけ残し、あとは寝床近くのチェストにしまい込んで、2回連続でひとりきりの食事を始めた。




 ジェラルディンはまた侯爵邸に戻って来ていた。

 やはり主人がいると使用人の意識が違うのか、皆嬉しそうだ。


「無理を言って悪かったわね」


「お嬢様、とんでもございません」


 執務室に現れることを予想していたかのように、ジェラルディンの前にはバートリがいる。

 おそらく昨夜から一睡もしていないのだろうが、彼も喜びに溢れているように見えた。


「お嬢様がお望みだったもの、ほとんど集まりました。

 夕刻までにはすべて揃うはずです」


「そう、どうもありがとう。

 急だったのに、さすがバートリね」


 主人から褒められてもいつもは表情を動かさないバートリも相好を崩す。


「それと厨房からの報告ですが、料理長が面会を求めております」


「料理長が? わかったわ」



 執務室にきたついでに領地から回ってきた書類に目を通して、サインが必要なものにはサインをして過ごした。


「お嬢様、僭越でございますが、これからも今回のようにお戻り頂くわけにはまいりませんか?」


「そうね、今は家を借りて落ち着いているので無理ではないわ」


 壁際に控える侍女たちが、普通ならばはしたないと言えるほどはしゃいでいる。

 ジェラルディンはバートリに頷き、再び書類へと向かった。




 湯屋でゆっくりしたのはいつ振りだったろうか。

 ラドヤードはたっぷりと長湯して、今は町をそぞろ歩いていた。

 厳冬期の冬籠り中とはいえ雪が積もるまではそれなりの生活を送れるため、屋台などは減ったが店舗にはまだ活気がある。

 道には厚着した人々の姿があり、それなりに生産活動も行われているようだ。

 そんななか、ラドヤードは暇つぶしにギルドに向かっている。

 こんな季節でもそれなりの依頼があるようなので、今日は偵察を兼ねていた。


「こんにちは、っとラドヤードさんでしたか」


 暇そうにしていた職員が声をかけてくる。彼に対して軽く手を挙げて挨拶を返すと、ラドヤードは依頼票が貼ってあるボードに足を向けた。


「本当に、それなりにあるもんなんだな」


 ボードには普段と変わらない、いやもしかすると普段以上の依頼票が貼られているが、その受付日はずいぶんと経っているものが多い。


「いかがですか?

 今ならよりどりみどりですよ?」


 確かに採取や特定の魔獣の素材依頼など、主人のアイテムバッグに入っているものも少なくない。

 だが、ざっと見たラドヤードは終始無言でそのままギルドから出て行った。




「あら、おかえりなさい。ラド」


 まさか主人に出迎えられるとは思わなかったラドヤードは、恐縮しながら玄関の鍵をかけた。そして結界石を動かすと、もうこの家は結界に守られている。


「ラド、先日聞いたあなたの趣味の事なんだけど」


 ジェラルディンが巾着型のアイテムバッグを取り出した。


「もうすぐこの町は雪に閉ざされてしまうでしょう?

 だからあなたにも楽しんでもらえるように、色々用意してみたの」


 その巾着袋から取り出されたものにラドヤードは目を瞠った。


「タガネ……どうして」


「あなたは彫金を嗜むのでしょう?

 時間はいくらでもあるじゃないの。

 私が隠れ家にこもっている間、手持ち無沙汰でしょう?」


 ラドヤードはその喜びを伝える事なく呆けていた。


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