51『ジェラルディンの収納能力』
ジェラルディンが魔法を解いたのだろう。
音もなく棘が消えて、マンイーターディアーは地響きを立てて地面に落ちた。それを手も触れずに異空間収納に収めてしまった。
「私たちのあとに魔獣の骸なんて残らないのに、ご愁傷様」
「主人様、これは」
「私は解体が出来ないからそのまま持って帰るの。
実は結構溜まっていたりするのよ」
一体どの位の収納量があるのだろう。
実はこの時ラドヤードは、ジェラルディンの収納はアイテムバッグだと思っていた。
だがそんなべらぼうな収納量のアイテムバッグがあるなど聞いたこともない。
「少しずつギルドで売ろうと思っているのだけど、アララートさんが欲しがるのはやっぱりポーションなのよね」
「主人様は薬師なのですか?」
「専門ではないけれど、ちゃんと指導は受けているわ。
……平民の薬師が作る回復薬と違って効能の高いポーションが魅力的なのでしょう」
ラドヤードも以前の現役の時、ポーションにはよく世話になっていた。
だがポーションはとにかく貴重で高価なのだ。
「主人様、あの時のあれは……?」
ラドヤードは自分の手を再生させた、あのポーションの効果について今更ながら疑問を持った。
「あれは、ギルドではXポーションと呼んでいるもので、エリクサー級のポーションね。
ちょうど必要な素材が揃っていたのでいくつか作ったのよ」
なんともないように言う、この主人の無防備さにラドヤードは頭を抱えたくなった。
彼自身色々あって混乱していたが、よく考えてみるとあのポーションはものすごく高価なものではないのだろうか?
そして自分のような部分欠損奴隷を買ってくれたのは最初から治すことが出来るからだったのだ。
魔力を持つ貴族だけしか作ることのできないポーションを作る主人。
アララートと言うあのギルド員が奴隷の護衛を勧める筈だとラドヤードは思う。
そんなラドヤードの思いを知るはずもなく、ジェラルディンはあたりをキョロキョロと見回していた。
「何か冷えて来たわね。
陽も翳って来たみたいだし、この辺りで野営しましょうか」
野営の事など何も聞いていなかったラドヤードはびっくりしてジェラルディンを見る。
「それは……」
「大丈夫。
いつでもどこでも野営出来る準備はして来ているから」
そう言ったジェラルディンは、ラドヤードに命じて下草を刈らせた。
「では、出しますね」
異空間から取り出したのは所謂テントではなく、ゲルに似た円形のものだ。
「はい、出来上がりました。
さあ入ってちょうだい」
「いえ、私はここで見張りを」
「このテント自体に結界の付与をしてあるの。
だから見張りの必要はないわ。
そうね、ドラゴンでも出現しない限り大丈夫ね」
主人の言葉に呆れながら、入り口の布を跳ねあげて入ると、それなりの空間が現れた。
足元には分厚い毛皮が何枚か重ねて敷かれている。
そこにジェラルディンは簡易魔導ストーブと魔導コンロを出して、火をつけた。コンロにはやかんを置いて、まずは湯を沸かすようだ。
「テーブルや椅子がいるのなら出すけど、いかがかしら」
「私はこのままでいいです。
主人様こそ地面に座るなど……」
「たまにはこういうのも楽しくてよ?
気にしなくてもいいわ」
それでも茶器や食べ物を置く、嵩の低いテーブルを取り出した。
そこに冒険者がよく使う金物のカップを置き、同素材で出来たティーポットも並べる。
そして優雅な手つきで紅茶を淹れ、ラドヤードに差し出した。
「まずはお茶で一服しましょう」




