50『ラドヤードとのはじめての狩り』
「主人様は思ったよりも体力があるのですね」
今日は肩慣らしを兼ねて、町から近い森の奥に向かっていた。
そしてその道中ラドヤードは、涼しい顔をして歩いている、ジェラルディンの脚力に感心していた。
「貴族令嬢の癖に、って?
うふふ、うちはお母様やその実家が特別だったのよ。
……何事があっても困らないように、色々な事を教えられたわ。
だから私は料理も出来るのよ」
普通なら息が切れてもおかしくない速度で歩いているのだが、ジェラルディンにはそんな様子は見られない。
アイテムバッグによって荷物が少ないのと軽装であるのを鑑みても、かなり鍛えているのが見て取れる。
「それでも……主人様に炊事をしていただくのは、私としては」
「ラドは料理が出来るの?
うふふ、その沈黙が返事かしら。
食事に関しては食べに行ってもいいし、収納の中にはそれなりにストックがあるからそれを食べればいいわ。
そしてたまには私にお料理させてちょうだい」
「誰か、賄いを雇えば良いのではないのでしょうか?」
「私には秘密がいっぱいなのよ?
危険は犯せないわ」
影空間に出入りする事は告知しているが、秘密はそれだけではない。
「では、奴隷はいかがですか?」
ジェラルディンとしてはこれ以上 “ 重荷 ”を増やしたくない。
なので。
「そうね、考えておくわ」
と、その場は流した。
「それよりも……
ギルドで声をかけてきたあれ、とうとうついてこれずに離れ始めたわね」
ジェラルディンは町からずっと、自分たちを尾行してくるものを監視していた。もうこのあたりは下級冒険者が活動する域を越えている。
冒険者にもなれないものが入ってよい場所ではないのだ。
「それにしても、どうして後を追ってきているのかしら?」
「それはおそらく “ ハイエナ ”をするつもりなのだと思います」
「“ ハイエナ ”? “ ハイエナ ”って何ですの?」
初めて聞いた言葉に、ジェラルディンは単純に興味を覚えた。
「“ ハイエナ ”とは他の冒険者が倒して放置した魔獣の骸から勝手に素材を盗る事です。
今のところ私たちは魔獣を狩ってませんが、一頭でも放置された骸から素材を取れば、それなりの稼ぎになりますからね。まあ、魔獣の種類にもよりますが」
「ではあれは、私たちのあとをつけて、倒した魔獣をかすめ盗ろうとしているわけね」
いくら放置しているとはいえ、勝手に持ち去られては心証よくない。
本来なら一言あって然るべしなのだが、あの少女はそんなつもりもないようだ。
と、言っても、実はジェラルディンたちはここまで魔獣を倒してきていなかった。
それは、一々雑魚を相手するのが億劫なジェラルディンが放った威圧に恐れをなした魔獣が距離を置いていたのだ。
そんな事を知らない件の少女は、一向に遭遇しない魔獣の骸に疑問を感じながらもジェラルディンたちを追っていた。
「あら、この森に入って初めて強者が向かってきているわ。
ラド、ここは私に任せてくれる?」
「ご主人様が? わかりました。
くれぐれも気をつけて」
まだ何も見えない木々の向こう、徐々に振動が大きくなってきて、枝葉が揺れ始めた。
それが段々と大きくなり緊張の瞬間、木を折りながら飛び出してきたのはかなりの速度で移動してきた【鹿】である。
「ご主人様!」
平然と動かないジェラルディンの様子に、慌てるラドヤード。
彼が背負ったバスターソードに手をかけた瞬間【鹿】を囲むようにして周りの影から無数の棘が現れ【鹿】を串刺しにしていった。
「なっ?!」
最終的には全長5m近い、マンイーターディアーが棘によって空中に浮くようにして事切れていた。




