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48『ジェラルディンの秘密』

「ルディンさん、無茶を仰ってはいけません」


「無茶でしょうか?

 私には身を守るすべも攻撃する能力もあります。あなただってあのキラーグリズリーを見たでしょう?」


 鋭いニードルで貫かれた骸を思い出して、アララートは怯む。

 だが、この場は引く気はない。


「失礼ながら主人様。

 いきなりダンジョンとは無謀過ぎます。まずは森で何度か討伐依頼をこなして、それからにしましょう」


 元上級冒険者らしい提案に、アララートも頷いている。


「わかりましたわ。

 ではラド、森に付き合って下さいな」


「わかりました」


 厳冬期といっても森の危険性は変わらない。反対に魔獣にとっての獲物が少なくなる分、より危険が増していると言えるかもしれない。

 たしかに雪さえ積もっていなければ、寒さにさえ気をつければ討伐は可能だが、ジェラルディンが言うように簡単な事ではないのだ。


「では、行きましょうか」


「だから主人様、私の防具もまだ出来上がってませんし、主人様はその格好で行かれるおつもりですか?」


「ええ、そうだけど」


 ジェラルディンには、ラドヤードが何をそんなに危惧しているのか、よくわからない。

 彼女はラドヤードが彼女の戦い方を知らないということを失念していたのだ。


「わかりました。ラドの防具が出来て来るまで、討伐は延期しましょう。

 それまでは家で大人しくしています」




 その言葉通り、ジェラルディンは家……と言うより【隠れ家】にこもって調薬をしていた。

 その間、ラドヤードは一階で待機していたのだが、二階からミシリとも聴こえてこない事に不自然さを感じて、そのドアをノックするもなしのつぶて、返事すらない事にドアを開けようとするも、おそらく結界に阻まれて手の出しようがなかった。

 それでも食事の時間には一応降りて来ていたのだが、翌日からは階下の簡易キッチンにラドヤードの食事を用意すると、まったく降りてこなくなった。


「一体、何をしているんだ?」


 調薬しているのなら、何かしらの物音がして然るべしなのだが、まったくの無音。気配すら感じられない。

 ラドヤードはジリジリしながら、次に降りて来るジェラルディンを待ち続けていた。



「あら、おはよう」


 まんじりともせず、主人を待っていたラドヤードの前にジェラルディンが姿を現したのは丸二日後、前回ギルドに行った日から三日経っていた。


「主人様、こんなに引きこもって、一体何をなさっていたのですか?」


 口調は穏やかだが目が怒っている。

 基本マイペースなジェラルディンは、ラドヤードが何を怒っているのか理解できない。


「? 私、調薬するって言ってなかったかしら?」


「それは、たしかにお聞きしていましたが、二日も部屋から出て来ないとは、あり得ないのではないですか?」


 王都を出奔して今まで、自分のペースで生活する事に慣れたジェラルディンは、配慮という事を忘れていた。

 たしかに二日も姿を見なければ不安にもなるだろう。


「ごめんなさい。

 ……えっと、あなたは隷属の契約に縛られているから、秘密を守れるのよね。

 ちょっと二階まで付き合ってくれるかしら」


 隷属契約云々を持ち出されて、ラドヤードは穏やかではない。

 それでもジェラルディンの言葉に従って二階に行くとダイニングの椅子に座るように言われた。


「ラドは私が貴族だと知っているわよね?」


「はい、もちろんです」


「私の魔法は特殊なの」


 窓がない部屋の明かりはランプでまかなっている。その明かりを受け、家具によって出来た影の上に立ったジェラルディンの姿が、吸い込まれるようにして消えていく。


「なっ!? 主人様っ!」


「慌てなくても良くってよ」


 すぐに姿を現した主人を呆然と見つめるラドヤードは、言葉を発することも忘れているようだ。


「これが私の使える魔法のひとつなの。

 影のなかに空間を作り、そのなかに【隠れ家】を持っているの。

 ここ数日はそこで作業していたのよ」


 ラドヤードは最早話についていけなかった。

 元より魔法に疎い平民の生まれだ。

 だが上級冒険者として魔法士との付き合いもあったが、こんな特殊な能力は聞いたこともない。


「この魔法は私の生家でも限られたものしか使えない特殊なものなの。

 私はそれほどたくさんの魔法を使えるわけではないけれど、少し特殊なのは自覚しているわ。

 だからラド、あなたは私の魔法に関すること、そして【隠れ家】の事は決して他言してはなりません」


 ジェラルディンのこの言葉で、二人の間の隷属契約が発動した。

 もしラドヤードがこの契約を破って他言した場合は、速やかに死が訪れる事になる。

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