45『衝撃!』
食事が終わり、ラドヤードが階下に降りたあと、ジェラルディンは影空間の隠れ家に戻っていた。
「成り行きで奴隷を買ってしまったけど、良かったのかしら」
出費に関しては問題ない。
ジェラルディンが思案するのはこれからの処遇だ。
「まあ、おいおいその時の状況を見ていくしかないわね。
でも、良さそうな奴隷を買えてよかった」
明日はまず、彼の手を再生する事が最優先となるだろう。
「おはよう」
「おはようございます」
支度をして階下に降りたジェラルディンを戸惑った顔をしたラドヤードが迎えた。
「よく眠れた?顔色は良さそうね」
「はい、久しぶりに……眠れました」
無理もない。
ラドヤードにとって、討伐依頼に失敗して腕を失ったあの日から、安眠出来た事はなかっただろう。
「まずは朝食を摂りましょう」
そう言ったジェラルディンの手元には、昨夜と同じように次々と食べ物が発現していく。
ラドヤードは昨夜も思ったのだが、主人のこの能力は、経験を積んだA級冒険者だった彼からしても異常だ。
少なくても彼の周りにはこんな事をするものはいなかった。
主人が持つアイテムバッグが異常なのか、それとも主人の魔法士としての資質が特別なのか、彼には想像つかなかった。
「今朝も冷えるわね。
一階もちゃんと暖房しなきゃ駄目よ」
「はい」
朝食の濃厚なコーンポタージュスープはバラデュール侯爵家の料理長が作ったものだ。
ジェラルディンはいつもの味に舌鼓を打ち、ラドヤードは感激した。
パンは黒パンだが焼きたての香ばしさがその硬さをカバーしている。
定番のベーコンエッグの目玉焼きを崩してベーコンに絡めて食べると絶品だ。
「食事が終わったら、少しお話しましょう」
このときラドヤードは、この後に待ち受けている出来事を思いも寄らずにいた。
食事後の片付けは、ジェラルディンの生活魔法【洗浄】にて、一瞬で終わる。その様子にも目を丸くするラドヤードは、今まで魔法士との関わりが少なくもなかったのだが、こういう魔法の使い方は初めて見た。
「さて、これからの事をお話しましょうか。その前に……」
ジェラルディンの手が伸びてラドヤードの、包帯が巻かれた左腕に触れた。
触れられて硬直したラドヤードを気にも留めず、ジェラルディンは包帯をほどいていく。
「まだ完全に塞がってなかったのね」
患部はまだ湿っていて、所々にかさぶたがはっている。
「治りが悪いのね。
化膿させたことと栄養不足が原因かしら」
ジェラルディンは異空間収納から瓶を取り出した。
それは冒険者ギルドで【Xポーション】と名付けられたポーションで、もちろんラドヤードは初めて見るものだ。
それを一本、グイと差し出したジェラルディンは「これ、飲んで」と言って押し付けた。
そしてもう一本手に取ると、突然患部にかけはじめる。
「っ! 主人様、何を!?」
「大丈夫だから、それ全部飲んで」
この後起きた事を、ラドヤードは一生忘れないだろう。
まるで時間を早送りしているように、何もなかった肘から先の骨が伸びていき、あっという間に指先までが形成された。
そして腱や筋肉や血管が発現して、そのすべてを皮膚が覆い……左手の肘から先が再生されたのだ。
「おおおっ!!」
ラドヤードは自分自身も知らないうちに涙していた。
腕を失って、一度は諦めた人生が変わる……生に対する執着が戻ってきたのだ。
「どうやら成功したようね。
体調はどう?」
「主人様……
ありがとうございます。ありがとうございます」
厳つい面の男が号泣しているのを見てジェラルディンはドン引きしていたが、同時に安心もしていた。
「さあ、今日も忙しくなるわよ」




