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44『はじめての夜』

 まずは暖炉の前の魔導ストーブに火を入れた。

 それから、玄関ドアの位置と距離を考慮して、ジェラルディンはベッドとテーブル、椅子を配置していった。

 ラドヤードも隻腕が不自由なりに手伝っている。

 寝具や着替えなども次々と取り出しベッドの上に置いていく。


「衣類をしまっておくチェストがいるわね……たしか、あったはず」


 少し考える仕草を見せたジェラルディンが取り出したのは、シンプルだが見るからに高級そうなチェストだ。


「上部が跳ね上げ式だから使いやすいと思うの。

 あとは……足元が冷えるからラグを敷けばいいわ」


 ジェラルディンの異空間収納から、地味な色合いのラグマットが現れる。

 それはベッドの足元に収まった。


「これでとりあえず、今夜は大丈夫ね。

 では、二階に行きましょうか」


 階段に向かうついでに、一階の簡易キッチンとトイレなどの水回りを説明する。


「入浴は、2階のを使わせるわけにはいかないから湯屋に行ってもらうしかないわ」


「私は水浴びで」


「馬鹿なこと言わないでちょうだい。

 費用は私が出すのでちゃんと湯屋に行って」


 ジェラルディンの剣幕に、ラドヤードは黙って頷くしかなかった。



「2階部分は私の生活空間なの。

 だから許可がない限り、勝手に入らないでちょうだい。

 さあ、どうぞ」


 階段を上がった踊り場にあるドアを開けると、どういうカラクリか勝手に明かりがついた。


「遅くなったけど夕食にしましょう」


 そう言ってキッチンに向かったジェラルディンを、ラドヤードは慌てて追いかける。


「待って下さい。調理は私が!」


「あら、ラドは料理が出来るの?

 でも今回は出すだけだから……

 そうね、ではテーブルに運んで貰おうかしら」


 そう言うジェラルディンの前の、キッチンの作業台には次々と鍋や、皿に盛られた料理が出てくる。

 ラドヤードがびっくりしているとジェラルディンが笑う。


「便利でしょう?

 こうやって作りたてを異空間収納に入れておくと、温かいまま保存出来るのよ」


 鍋の中のシチューを皿に取り分け、ラドヤードに渡す。

 バターたっぷりのロールパン、新鮮な葉野菜にスモークチキンを散らし、チーズベースのドレッシングをかけたサラダ。熱々のステーキは一口大に切り分けた。


「このくらいで足りるかしら?

 足りなかったら言ってね」


 サラダボウルからラドヤードの分も取り分け、フォークとスプーンを渡す。

 ラドヤードの、しげしげと自分を見る視線にジェラルディンは微笑んだ。


「なぁに?

 貴族らしくないって思っている顔ね」


「申し訳ないが、その通りです」


「うふふ、正直なのは好きよ。

 ……私の家はね、少し変わっていたの。今はもう、私も貴族ではないのだけどね」


 ラドヤードは勝手に、訳あり元貴族令嬢だと判断したようだ。


「だから料理も出来るし、冒険者も出来るのよ。

 さあ、冷めないうちに頂きましょう。

 ……その手の事も、これからの暮らしも、お話は明日にしましょう」


 疲れたわ、と言ってスプーンを取り上げたジェラルディンは静かに食事を始めた。




 ラドヤードは今までになかったほどぐっすりと眠り、目を覚ました。

 一瞬、ここがどこだかわからなかったくらい、たった1日前とはまったく違う環境に戸惑ってしまう。


「そうだった……

 俺は買われたんだった」


 真新しい包帯が巻かれた腕をさすってラドヤードは起き上がった。

 2階からは物音ひとつしない。


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