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41『サムソンという男』

 ジェラルディンの奴隷となった男が店員とともに部屋から出ていって、パリンメンは改めて話を聞いて欲しいと言う。


「ルディン様、あの男はいささか訳ありだと申したのを覚えてらっしゃいますか?」


「ええ、左手の欠損の事だったのね」


「はい、それもありますが、それだけでは無いのです」


 パリンメンは少し長くなりますが、と断って話し始めた。


「彼は元々、ある遠国の上級冒険者でした」


 そのランクはなんとA+、国に5人いるかいないかのレベルであったと言う。


「ある依頼でダンジョンに赴いた時、予期しなかった魔獣が現れて、突然襲われた仲間を庇いああなったと聞いています」


「上級冒険者でもそういうものなのですか?」


 ジェラルディンは、その程度で奴隷落ちする冒険者という職種に疑問を持った。


「これは……本人は口にしませんが、その件に詳しい人物に聞いた話ですが」


 パリンメンの口は重い。


「その、パーティーの仲間に裏切られたようで……

 本来あのレベルの冒険者が依頼を失敗したとしても奴隷落ちすることはあり得ないのです。

 ましてパーティーで受けた依頼です。

 その失敗を彼ひとりに押し付けて。

 それでも違約金を払えば済む話だったのに、パーティーで管理していた金だけでなく、彼個人の資産まで取り上げた事でこんなことに……

 それでも彼ほどの人物ならば、やりようがあったはずなのですが、度重なる裏切りに、彼は生を倦んでしまったのです」


「そんな……」


 ジェラルディンは、彼の精気のない目の理由がわかった気がした。


「腕を切断したとき思いの外たくさんの血を失って、ずいぶん長い間生死の境をさまよったようです。

 で、意識を取り戻したときにはすべてが終わっていた、ということです。

 一体、どんな気持ちになったのでしょうね」


 生死をかけて背中を預けあった仲間に手酷い裏切りを受けて、彼は心を閉ざしてしまったのだろう。

 そしてこの先は死を望んでいるのかもしれない。


「彼は真面目な男です。

 再起を望んで、遠国の奴隷商は私に彼を託しました」


「そうだったの……」


「わずかに残った私物も、借金の足しにするためにすべて売り払って、彼は文字通り身ひとつなのです」


「大丈夫ですよ。

 私の奴隷なのですから、そういう面はちゃんと面倒みます」


 湿っぽい話の後は現実の世界に戻ってくる。

 パリンメンは従者から渡された包みをジェラルディンに差し出した。


「今うちにある、一番高価な “ 首輪 ”です」


「“ 首輪 ”?」


 どうしてそのようなものが必要になるのか、物知らずのジェラルディンは戸惑いを隠せない。


「ご存知ではなかったですか?

 主人を得た奴隷は、その印として首輪を付ける決まりがあるのです。

 付けていないと要らぬトラブルを招く可能性があります」


「なるほど。

 何もかも初めての事で勉強になります」


 パリンメンは一冊の冊子を取り出し、ジェラルディンに渡した。


「ここには奴隷について、色々細々と記してあります。

 大抵のことはこれでカバーできるでしょう」


 新米主人のためのアドバイス本である。ジェラルディンは感謝して受け取った。


「彼の名は【サムソン】と言います。

 しかしおそらくその名で呼ばれることは喜ばないでしょう」




「お待たせ致しました」


 店員に続いて入ってきた、ジェラルディンの奴隷となった男は、びっくりするほどの変身を遂げていた。

 風呂に入ってきたのだろう。

 薄グレーにくすんでいた髪は水色がかった銀髪で、無精髭もきれいに剃られている。

 よく見るとその瞳は瑠璃紺で、陽の下で見ると光を弾いてきれいだろう。

 左手の肘には清潔な包帯が巻かれていて、最低限の冬服を着ている。

 その手にはフード付きのマントもあった。

 今しがたジェラルディンの手に渡った首輪は、店員の手によって素早く男の首に付けられた。


「ではルディン様、何かわからない事があればいつでもお越しください」


「ありがとう。世話になりました」



 店員の先導で回廊を歩いていたジェラルディンは後ろにいる男に向かって振り返った。


「あなた、以前の名で呼ばれたい?

 それとも新しく名を付けた方が良いかしら?」


 立ち止まってしまった2人を、店員は少し離れたところで待っている。


「出来うれば、新しい名を頂きたいです」


「では、あなたの新しい名は【ラドヤード】ラドと呼ぶわ」


「ありがとうございます。ご主人様」


「その『ご主人様』って言うのも硬いわね」


主人様(あるじさま)


「まだ硬いけど、最初だからしょうがないわね」


 自分よりずいぶんと大きい奴隷……ラドヤードを見上げ、その目をしっかりと見て言った。


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