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40『隷属契約』

 本来の、客をもてなす応接室なのだろう。

 奴隷を選別するための区画にある、先ほどとは比べものにならない設えの部屋に案内されて、ジェラルディンは腰を下ろした。


「ただ今連れて参りますので、こちらで少々お待ち頂けますでしょうか」


 恐縮しきりのパリンメンだがわがままを言ったのはジェラルディンの方だ。


「問題ありませんわ。

 ……私、奴隷商に来るのは初めてなのですが、小説などに出てくる様子とはまったく違うのですね」


 ジェラルディンが読書していた冒険小説などでも、奴隷を売買するシーンが多々あった。

 だがおしなべてそこは暗く不潔な牢屋のようなところで、押し込められた奴隷を選ぶ、という状況であった。

 だがここは鉄格子こそあるが部屋も奴隷本人も清潔で、ジェラルディンにも不快感はない。


「正直言って、そのような奴隷商も存在します。

 でもうちは上流階級のお客様が多くいらっしゃるので、このような設えにしております」


 その分、お値段もそれなりなのだがジェラルディンは頓着していない。

 今日も、この商会を訪れてから一度も予算の話をしていないのだ。


「目にした奴隷の方たちの状態も、皆良さそうに見えましたし、意外でした」


「その事ですが、これからご覧にいれる奴隷は」


 そこでノックの音がしてドアが開いた。

 店員に先導されて入ってきた男は、座ったままのジェラルディンが見上げるほど大きかった。


「まぁ……」


 この国の民は男女共に高身長のものが多い。

 男は2m越えも普通なのだが、今連れられてきた奴隷は2.3mはあるだろう。

 そしてその体格は、まるで筋肉の鎧を身につけている人間離れした身体をしていた。


「オーガ……ではないわよね?」


 強いて言えばグリズリー種か、勇者物語に出てくるタンク職であろうか。

 鍛錬を欠かした事のない、素晴らしい身体だった。

 だが、たったひとつ惜しいのは、彼の左手の肘から先が失われていて、白い包帯が巻かれている事だ。

 なるほど、パリンメンが先ほど言おうとしていたのはこの事だったのだろう。

 ジェラルディンはパリンメンに向かって、了承したことを小さく頷いて伝えた。


「お嬢様。

 彼はオーガではありませんが、そのオーガが脅威を感じていた人物です。

 ……もう竜を相手にすることはできませんが、お嬢様の護衛としては充分に役立つと思われますが、いかがでしょうか」


「私が探していたのは彼のように、まず見た目で威圧する護衛です。

 彼に決めさせて頂きますわ」


 そして彼は先ほどまでの奴隷たちと違い媚びてこない。それどころか目も合わそうとしない様子に、ジェラルディンは大きな違和感を感じた。


「ありがとうございます。

 お嬢様、彼の値は金貨150枚でございます。

 それに加えて隷属契約のレベルに応じて契約料が発生します」


「では、その隷属契約は最高レベルのものでお願いします」


 これにはパリンメンも驚愕する。普通、奴隷の隷属にそこまでの契約は必要ないのだ。


「左様でございますか。

 では金貨150枚に加えて契約料金貨30枚、合計金貨180枚頂きます」


 ジェラルディンはアイテムバッグから巾着袋を取り出した。

 そこから10枚ずつ、金貨を机に積んでいく。

 彼女のその白魚のような、手入れの行き届いた指、まるでチェスの駒を動かすような洗練された所作にパリンメンは見惚れてしまう。


「これで180枚。

 どうぞ、お改め下さい」


「はい、確かに頂戴致しました。

 ではこれから隷属契約を行いますので、お嬢様の血か……魔力を頂きたいのですが」


「どちらがより効果を発揮しますか?」


 暗に貴方は貴族だろうと言っているようなものなのだが、ジェラルディンは気にした様子もない。


「魔力の方がより高度な隷属契約となる事が確かめられております」


 ドアの側に控えていた魔法士が、パリンメンの代わりに問いに答えた。

 ジェラルディンは頷いて先を促す。

 魔法士は奴隷……ジェラルディンのものとなった男に近づき布を広げた。そしてジェラルディンに、その布に触れて魔力を流すように促す。

 ジェラルディンが言われた通りにすると、小声で呪文を唱えた魔法士とジェラルディンの上に魔法陣が浮き上がり、それは男を包み込んで吸い込まれるように消えていった。

 そして男の左の二の腕に簡略化された魔方陣が浮き上がり、これで契約は完了だ。


「ご主人様、これからよろしくお願いします」


 今までだんまりだった男が、初めてジェラルディンの目を見つめ、低い声で挨拶して頭を下げた。


「はい、こちらこそよろしく。

 え……っと、もう連れて帰って良いのかしら」


「お嬢様、このものに支度をさせますので少しお待ち下さい」


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