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4『新しい生活』

 朝になっても起こしにくるものもいない【隠れ家】のベッドの中。

 前夜、身も心も疲れ果てたジェラルディンは、目覚めてそろそろと身を起こした。

 頭痛がし、関節が固まったように痛い。


「……いったい、何時なのかしら」


 高位貴族や一部の富裕層しか持ち得ない懐中時計、それをジェラルディンは枕元の小卓から取り上げた。


「えっ? 4時って……もう夕方なの?」


 貴族の暮らしでは3時のティータイムを過ぎれば、その後はもう夕刻である。

 ジェラルディンはベッドを出て、自分の姿を見下ろした。


「そうね。

 昨夜はもう疲れてしまって、何もせずにあの後ベッドに入ってしまったのね」


 脱出用に着替えた踝丈のワンピースとハーフブーツが目について、自分が下着姿なのに気づいた。


「まぁ、なんて格好をしているのかしら。

 ……でもまあ、誰も見る者はいないのだし、いいかもね」


 子供が悪さをした時のようにクスクスと笑ったジェラルディンは、洗面所に向かった。

 手をかざすと、備え付けのボウルから水が溢れ出す。

 それを掬って何度か顔を洗うと、歯を磨き、部屋に戻った。

 そして異空間収納からチーズを挟んだ白パンと熱々のスープ、皮の剥かれたリンゴ、そして紅茶の入ったポットとカップを出すと椅子に座った。


「今日も糧を得られることを神に感謝致します」


 食事前の定型句を口にし、魔力水を一口口に含む。

 そして玉ねぎとベーコンの入ったコンソメ風スープを飲んだ。


「美味しいわ。

 こうして、熱々のまま保存出来るって良いわね」


 父侯爵が本邸に寄り付かない10年以上の間、ジェラルディンは貴族の令嬢らしくない生活を送ってきた。

 それは王女殿下であった母の方針で、傍目には深窓の令嬢のように見えるが、今回のような事が起きると見越して、市井に紛れても暮らしていけるように、特に料理は教え込まれていた。

 侍女がいないと何も出来ないのではなく、ある程度はひとりで支度出来るように簡単な家事や、これは貴族の女子なら誰でも熟す刺繍やレース編み、衣服の縫製などと、貴族しか作ることの出来ない魔法薬の調合など、多岐に渡る。


「とりあえず、ある程度は王都から離れたいわね。

 ……陛下は、事情を把握すればしばらくは放置して下さると思うの。

 でも、私が居なくなった事で、すべてが立ち行かなくなった侯爵家の方が、何かしてくるかもしれないから。

 それと、あの馬鹿王子……」


 影の中を移動すれば、見咎める者はいない。強いて言えば国王と第二王子だが、この2人はしばらくは放っておいてくれるだろう。

 その間に他国に出てしまえばいい。




 それから3日、影を伝って移動していたジェラルディンはようやく町にたどり着いた。

 ここは王都の衛星都市ゴバ。

 その周りには肥沃な大地が広がり、今の季節は麦の種蒔きの時期だ。

 近くの村の農民が畑で作業しているようだが、影の中からは薄ぼんやりしているので詳しい事はわからなかった。


「ここは王都に近いから影伝いに入ることにしましょう」


 そうして、影に身を潜めて街中を観察していたのだが。


「私、やっていけるのかしら……」


 初めて見る市井の暮らし。

 人々の生活を見てジェラルディンは自信喪失していた。

 彼女がみたのは偶々だったのだが、荒くれの冒険者同士の諍いや、市場での泥棒騒ぎ。娼婦と客のトラブルなど、ジェラルディンにとっては青天の霹靂だ。


「これはしばらく、様子を見た方が良いのかもしれないわね」


 そう言いながらもそろりと移動してきたのは定番の【冒険者ギルド】だ。

 荒くれ者たちが入っていくその建物に、影に潜んだまま入っていくとそこは別世界だった。

 白黒の、薄ぼんやりした視界だがその熱気は伝わってくる。

 そこには金属鎧を着けたものや革製の軽鎧をつけているもの。

 女性では所謂ビキニアーマーを着けているものもいる。


「何て凄い格好なんでしょう。

 私にはとても無理だわ」


 あと、鎧ではなくローブを着ているものも僅かではあるがいて、彼らは訳ありの元貴族であると思われる。


「そうね、魔導士なら私だってできるかもしれないわね。

 ……戦った事はないけれど」


 そんな事を思っていると、目の前の受付で騒ぎが起きかけていた。


「申し訳ございませんが、冒険者登録には規定がございます。

 あなたはその基準に達していないので、登録をお断り致します」


「なんだとぉ!!

 この俺のどこがダメだって言うんだよ!!」


「失礼ながら、あなたは防具も武器も携えておられませんですよね?

 当冒険者ギルドでは、身分証目当ての登録者に関しては厳正なチェックを行っております」


「こっ、この登録が済んだら買いに行こうと思っていたんだよ。

 だから先に登録させてくれ」


「申し訳ございません」


 よくある事なのか、登録申請担当者は淡々としている。

 そしてこの騒ぎの後ろで、このギルドに居合わせた冒険者たちが様子を窺っていた。

 その無言の圧力を感じたのか、もうひと騒ぎしようとしていた男が黙り込んでしまう。


「またのお越しをお待ちしています」


 そう言われれば退散するしかない。

 ごねていた男はギルドから去っていき、ギルド内はまたいつもの雰囲気に戻っていった。

 そして、その一部始終を見ていたジェラルディンはと言うと。


「でも、これからの事を考えると、何とかしなきゃダメなのよね。

 困ったわ」


 お嬢様は、少〜し頓珍漢だった。


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