39『奴隷商会』
その店構えは普通の商店とあまり変わりない。
大店の佇まいを醸し出すその店が他の店と違うのは、入り口の両側に一人ずつ、警備の私兵が立っているところだ。
「いらっしゃいませ」
アララートと顔見知りだろう男が、笑顔で挨拶してくる。
「こんにちは。
会長はいるかな? 話は通してあるはずなんだが」
「はい、伺っています。
会長は奥におられますので、どうぞ」
彼は今日の客であるという少女をちらりと見た。
まだ少女と言っても良い年頃のようだが、その雰囲気はとてもこの年頃では持てないものだ。
二人の男は一瞬でジェラルディンを貴族だと見破った。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
「こんにちは、ありがとう」
「足元にお気をつけになって下さい」
店前の段差を前に、サッと差し出された手に、さも当然の様に手を重ねた所作に、男たちは確信した。
ジェラルディンはなるべく自分が貴族だと知られないようにと思って、それなりに偽装しているつもりだが、生まれてからずっと過ごしてきた貴族の生活は身に沁み入っていて、見るものが見れば、バレバレである。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
店に入った途端、恰幅は良いが少し背の低い男が歓迎してくれた。
彼がこの奴隷商会の会長パリンメンだ。
「急にすまないな。
こちらはルディン嬢。
一人暮らしを始められるので、護衛に奴隷を勧めたのです」
「はじめまして、ルディン嬢。
私、当商会の会長パリンメンと申します。この度は私どもの店にお出でいただきありがとうございます」
完全に貴族に対する対応なのだが、その違いのわからないジェラルディンはさも当然のように流していく。
「こちらこそ今回は無理を言います」
「護衛のためにお買い上げになるのですね?
では女奴隷がよろしいでしょうか」
「いえ、私はこの通りの外見なので、見るだけで舐められてしまうのです。
なので護衛は屈強な男が良いと思っています」
「なるほど……何人か思い当たる奴隷が居ります。
では案内致しましょうか」
ここでアララートが口を挟んだ。
「ルディンさん、私はここで失礼します。このパリンメンは見かけとは違って真面目な男なので、無茶な事はしません。
安心して奴隷を選んで下さい」
「ありがとうございます。
また明日、お邪魔すると思います」
アララートが帰って行き、ジェラルディンは貴人用の応接室に案内された。
「ではルディン嬢。
これから奴隷たちのいる部屋にご案内します。
少々驚かれるかもしれませんがご了承願います」
ジェラルディンはパリンメンに導かれ店の奥に向かっていた。
片側に中庭のある回廊を進むと、それまでとは見るからに設えの違う区画に入った。
「ここからは奴隷たちのいる区画になります。
少し、驚かれる事になるかもしれませんが、これはお客様の安全を守るためのものなのです。
なので安心してごゆっくりとお選び下さい。もしもお気に召さない場合は他所から取り寄せる事も出来ますので遠慮なく申し付け下さい」
「ありがとう、色々な配慮、痛み入ります」
「まずはこの部屋から。
一部屋には2〜3人おりますのでゆっくりとご覧下さい」
ドアを開けて入ると、そこは自然光が差し込んで明るい部屋だった。
だが、パリンメンが言っていた大きな違和感……そこは鉄格子がはまっていたのだ。
そしてその向こう側では男たちが軽くポージングして、自身をアピールしている。
「いかがでしょうか、お嬢様。
この部屋にいる3人は、当商会で今現在最も上等な奴隷たちです。
皆借金奴隷で今までは冒険者や傭兵をしておりました。
年齢も20〜30までで健康ですよ」
ジェラルディンは鉄格子ごしに男たちを観察した。
彼らは皆、ジェラルディンに媚を売る。その目は打算にまみれ、あるものは色にも染まっていた。
「ありがとう。
私はこの部屋に用はありません。
次をお願いします」
ジェラルディンはさっさと踵を返した。
その後ろで奴隷が何かを喚いている。
「ちょっと待ってくれーっ!
せめてもう一度チャンスを……」
話を切るようにドアが閉まった。
「で、では次の部屋に参ります」
パリンメンは、少女向けに見栄えの良い奴隷を用意したのだが、まったく関心を持たれなかった事に動揺していた。
「この部屋も結構です」
ふた部屋目にいたのも優男ばかりだった。
あからさまに色目を使ってきた男にげんなりとしてしまう。
「パリンメンさん。
私は、連れているだけで相手が怯むような厳つい奴隷が欲しいのです。
そのようなものはいませんか?」
「いないわけではないのですが……いささか訳ありでして」
「構いません。
その人に会わせて下さい」
「承知しました」




