37『製薬』
その夜ジェラルディンは【隠れ家】のアトリエにいた。
この町にしばらく腰を落ち着ける事になったので、久しぶりに調薬しようと思ったのだ。
原材料となる薬草……ポーションの場合はオキタプロムス草だが、これは目につけば採取しているので異空間収納に大量にストックがある。
そして本来なら自然乾燥が必要なのだが、ジェラルディンは生活魔法の【乾燥】が使えるため時間の短縮に役立っている。
「【洗浄】そして【乾燥】」
汚れや不純物を【洗浄】する。
この時に水を使わないのも結果的に薬草の質を上げる事になる。
そして一気に乾燥させるので非常に “ 濃い ”素材となるのだ。
その乾燥薬草を【粉砕】し、さらに細かく乳鉢と乳棒を使って磨っていく。
ジェラルディン、いや貴族の調薬は製作過程に魔法を使うため、魔力の含有量が自然と増えていく。
そして絶対的に違うのは、平民の薬師がこの後水を加えて煮出すのに比べ、ジェラルディンは魔力水に一定時間漬ける事によって薬成分を抽出し、その後薬草粉だけ取り出すとポーションとなるわけだ。なおこの時には雑味が出るので決して搾ってはならない。
そしてポーションの効果を上げる時は抽出中に魔力を注ぐのだが、これも個人の資質に左右される。
ジェラルディンはコリコリとていねいに薬草を粉にしている。
これも力任せに磨ってしまうと、摩擦熱によって効能が落ちてしまう。
調薬とはとても繊細な作業なのだ。
したがって一度に製作出来る量は限られていて、これからジェラルディンは毎夜調薬するつもりでいる。
翌日も朝からアトリエで薬作りだ。
昨夜、水切りしていたポーションは瓶に入れてラベルを貼り木箱に入れていく。
そして残った薬草粉かすを使って、比較的安価な傷薬を作っていく。
これは貴族家に仕える使用人たちが作り始めたもので、特に水仕事をするものや庭師などが重宝していたものだ。
作り方は簡単で、蜜蝋に薬草粉かすを混ぜるだけだ。
ジェラルディンの場合、薬草粉かすと言ってもまだかなりの効果を残していて、この傷薬はよく効くのだ。
「これなら低級冒険者も手を出しやすいわね」
二枚貝の殻に入れて、少量ずつ販売できるようにすると、ギルドにいく準備は整った。
あとは根菜入りのスープと葉物野菜のサラダ、そして薄く切った黒パンにゆで卵と玉ねぎのみじん切りを乗せたオープンサンドの昼食を摂って出発だ。
「このポーションはそれほど効能が高くないので、お手軽なお値段で提供できるのではないでしょうか。
それからこういうものを作ってきました」
くだんの傷薬を見て、アララートはまた衝撃を受けた。
実は今まで、この町ではこのような傷薬がなかったのだ。
もちろん薬草の類は冒険者、一般民どちらも知っている。なので怪我をした時はオキタプロムスをそのままあてたり、潰して貼り付けたりしているのだ。
「この傷薬は貴族家の使用人たちが使っているものです。
ポーションを作るときに出来るかすを使っているので安価で売ることが出来ると思うのですが」
アララートの目つきを見るに、そんな事はなさそうだ。
しかし王都と違って地方都市では薬事情などもこれほど違うのかと、ジェラルディンは思案する。
これはすべて魔法士の絶対数の少なさからくるものだと、改めて考えさせられた。
「ルディンさん、昨日お預かりしたポーションの卸値ですが……」




