35『冒険者の薬事情』
普通、流通している回復薬の値段は、その回復量などによって銀貨3枚から5枚程度である。
だが今回ジェラルディンが持ち込んだものは魔力を使って作られた【ポーション】と呼ばれるもので、その値は桁が違ってくる。
「拝見させていただきます」
回復薬用の瓶に入ったそれにはラベルが貼ってあって、製造日が記されている。
アララートは【鑑定】でその効能を見て驚いた。
「これは……伝説のエリクサー級では?」
このポーションを飲み、なおかつ直接患部にかけることによって欠損部分が再生すると記されている。
「ポーションには色々なレベルのものがあるのですよ。
それは結構効果の高いものですね」
このポーションを冒険者ギルドで販売するとしたら金貨200枚は下らないだろう。
「結構その時の気分で作るんです。
……このくらいのが販売しやすいかしら」
アララートの前にはもう十数本のポーションが並んでいる。
その中からジェラルディンがつまみ上げたのは日付けがふた月ほど前のものだ。
「これならお手頃ではないかしら」
このあたりの地域ではポーション自体の流通が絶対的に少ない。
ジェラルディンが、出奔してからの旅で知り合った冒険者に使ったものはポーションとは言えない、ほとんど魔力を使わずに作った回復薬だった。
あの時使用したのは1人に5本以上で、それでようやく治療出来たのだ。
それよりも効果の低い市販の回復薬で治しきれない傷を負ったものは、回復しない事が多いのだ。
だが貴族の作るポーションがあれば、そういう理由で冒険者を廃業、もしくは死亡するものの数が減るだろう。
「ルディンさん、こちらは私どもにお譲りいただけるのでしょうか?」
「え? ええ、もちろん。
でも私は相場を知らないので、そちらに値を付けて頂くことになりますが」
アララートが嬉々としてポーションをアイテムボックスに収めはじめたのは無理もない。
「それと、私は古代に書かれた書物を読むのが趣味なのですが、そこに書かれていた薬を調薬してみたものがあるのです。
ひょっとしたら市販されているものかもしれませんが、こちらも買い取っていただければ嬉しいです」
まず、冒険者がこの手の対策を持たずに魔獣に対峙しているとは思わないが、ジェラルディンはポーション瓶の半分ほどの瓶を取り出した。
「例えばこれは毒状態解除薬、そして毒状態無効薬です。
あら、どうなさいました?
それほど珍しいものではない、ですよね?」
小瓶を見つめるアララートの様子が、見るからにおかしい。顔色は真っ赤になり、その体は小刻みに震えている。
そして半開きの口からは言葉が発せられる様子がない。
ジェラルディンはしばらくその様子を見守り、アララートが復活するのを待った。
「……失礼しました。
何しろどちらも、初めて見るものだったので」
「えっ? それなら今までどうなさっていたのですか?」
解除薬すらなかったのだろうか。
びっくりである。
「毒は個々の対処法があって……いわゆる民間療法と言いますか」
これはジェラルディンの想像の域を大幅に超えていた。
特に彼女は幽閉されていたのかというほどの引きこもり……いや深窓の姫君であったが、出奔してから市井の民と交流して彼らのことを知ったつもりになっていたのだが、まったくそうでなかったのだ。
「では、皆は……」
「ルディンさんがご存知なくて当たり前ですが、冒険者の死亡率が高いのは、そういう訳なんですよ」
今度はジェラルディンが絶句する番だった。
「冒険者は……たとえそのものが上級ランクのものでも、運が悪ければ呆気なく死にます。
例えば毒花の毒に侵されて、毒消しを持っていなかったり、ソロで活動していて動けなくなったりしたら簡単に命を失うのです」
冒険者と言うのはジェラルディンが思っていた以上に過酷なもののようだ。
これなら冒険者登録の時に最低限の武器と防具を用意するよう注意するのも頷ける。
色々平民の生活を知って、目から鱗のジェラルディンだった。
「ルディン嬢、時間的にもうこれで精一杯です。
また日を改めて、この続きと言うことでいかがでしょう?」
「構いませんわ。
そうね、そろそろ不動産屋にいく時間になりましたね」
遠くから聴こえてきたのは午後の5刻の鐘だ。
アララートは慎重な手つきで瓶をアイテムボックスに収め、鑑定室に運んでいく。そして戻って来ると、当然な顔をしてジェラルディンに同行を申し出た。
「それからルディンさん、少し提案……と言うか、私からのお願いがあるのですが」
「はい、何でしょうか?」
「あなたは護衛をつけられた方が良いです。
それも冒険者などではなく、完全に隷属契約された奴隷が良いと思います」
「奴隷ですか?」




