34『賃貸契約』
その物件は表通りから一本中に入った通りにあった。
その通りは表通りの商店などの裏口が多くある、かなり人通りの多い通りだった。
「こちらです。
間口も狭くて目につきにくいですが、住居としてお使いになるのですよね?」
確かに住居としては割高なのだが、利便性の高さはダントツである。
「では中を見て頂きましょうか。
さあ、どうぞ」
ガルファンが鍵を開けてジェラルディンとアララートを迎え入れる。
聞いていた通り、入ったところは店舗スペースになっていて今は何も置かれておらず、ガランとしている。
「1階部分はここと(約20㎡)簡単なキッチンのある休憩室、洗面所とトイレ、2階が生活スペースになります。
上がって見てみましょうか」
休憩室にある階段を上がってすぐの部屋はリビングダイニングキッチンになっていた。
ここは魔導具がふんだんに使われていて使いやすそうである。
奥の部屋はこじんまりとしていて、プライベートスペースとして充分であった。
「気に入りましたわ。ここにします」
「ルディン嬢、他にもあと2件ほどお勧めの物件があるのですが」
「大丈夫です。
キッチンも使いやすそうですし、ちょうどよい狭さですわ。
契約をお願いします」
一行は不動産屋にとんぼ返りし、早速契約を結ぶことになった。
「では早速説明させていただきます。
我が国の不動産屋では賃貸の場合、家賃のほかに最初に保証金をお預かりすることになっております。
これによって保証人などのシステムを廃し、退居する時には賃借人に瑕疵がない場合全額返金される事になっております。
あの物件の場合、保証金は金貨80枚、賃料は1ヶ月金貨15枚です。
いかがでしょうか?」
「わかりやすい説明、ありがとうございます。
その条件でお願いします」
ジェラルディンはアイテムバッグから布袋を取り出した。
そこからまず保証金の金貨80枚、そして45枚を取り出して机の上に並べていった。
「3ヶ月でお願いします」
何のためらいもないジェラルディンの潔さが眩しい。
ガルファンの部下が作ってきた契約書類にサインして、領収書をもらったジェラルディンは握手をした。
「あの物件には明日、業者を入れてクリーニングします。
その後鍵をお渡ししますので、恐れ入りますが夕刻にもう一度、ご足労お願いできるでしょうか」
「はい、問題ありませんわ。
よい契約をありがとうございました」
この後ジェラルディンとアララートは成り行きで夕食を一緒に摂ることになった。
「ところでルディンさんの本当の職種は何なのですか?
もしも差し支えなかったら教えて欲しいです」
それなりに酒の進んだ頃、アララートが突然そんなことを言い出した。
冒険者登録したジェラルディンだが、アララートは彼女が冒険者をするとは思っていない。
だが、かなりの額の金を持っているようだがそれでずっと暮らしていけるわけではない。
何かで収入を得る必要があるのだ。
「ああ、私は薬を作る事が出来るんです。
なので、ゆくゆくは薬師として身を立てて行こうと思ってるんですよ」
「そ、それは!
商品を見せていただいても?」
「ええ、では明日ギルドでお見せしましょう」
ジェラルディンは気づいていないが、魔力が注入された魔法薬はとても貴重で滅多に手に入らない代物だ。
まず貴族は調薬などしないし、市井に下りた貴族も魔法士になる事はあっても薬師になる事はほとんどないのだ。
たまに年老いて冒険者を続けられなくなった魔法士が作ることもあるが絶対数が少なかった。
アララートは、ジェラルディンに出会ってから何度目かのときめきに胸を焦がした。
「こんにちは」
入ってくるなりフードを下ろしたジェラルディンは、見惚れるような笑みを浮かべて挨拶をした。
受付カウンターで落ち着かない気分で待っていたアララートが勢いよく立ち上がった。
「こんにちはルディン嬢。
奥に部屋を用意していますので、どうぞこちらに」
その場にいた職員や冒険者の視線の中、ジェラルディンはそそくさと奥に入っていく。
「ルディン嬢、わざわざすみません」
どれだけの量があるのかわからないが、ギルド長の許可は得ている。
例えば回復薬をとってしても、魔力を練り込まれたそれは “ ポーション ”と呼ばれ、格段に価値が上がる。
その値は、回復量や消費期限によって様々だが、果たしてジェラルディンの薬はどのくらいのレベルなのだろうか。
「ではこちらにお掛け下さい」
「その前にそちらもアイテムボックスを用意していただけますか。
回復薬など、なるべく劣化させたくないので」
失念していたアララートは、慌てて鑑定室からアイテムボックスを持ってきた。
「ではこちらから。回復薬です」




